「忘れないで、私が貴方を愛していたこと…」


私が世界に目覚めて、初めて視界に映ったのは、涙を一筋流す美しい女性の姿。


「ティファ」
「レイ!いらっしゃい!」


ニブルヘイム。訪れるのは随分久し振りになってしまった。もう幾度目か、こうして任務で訪れる度、彼女のところに顔を出すことにしている。手土産に甘いお菓子を持ってくれば、彼女は頬を高揚させて喜ぶのだ。その顔が見たくて、毎度目新しい手土産をと悩んでしまうのは、内緒。

彼女と知り合ったのは、初めてニブルヘイムに訪れた際、魔晄炉のあるニブル山山頂までの道を案内してもらった時だった。それからというもの、彼女は私によく懐き、連絡先を交換するに至った私達はメール等で時々連絡を取っていた。それから会いに来れたのは仕事の都合のみ、まだ数回のことだが。いつのまにか彼女は間違いなく、数少ない私の友人と呼べる大切な存在となっていた。

私がソルジャーになってから、こういったミッドガル内部、郊外関わらず神羅の手の入った地域、建造物、主に魔晄炉における定期点検等に派遣されるのは私の役目となりつつあった。何故なら、他のソルジャーは私と違って実力行使の任務で手が回らない。細々したお使い程度の任務なら、私で事足りるということ。私も与えられた仕事は特に拒否はしない、…神羅にとっては都合のいい存在なのかもしれない。でも、誰かがやらなければならないことだ。それに、私が彼らと一緒に居る為にはこういった細かな功績も積み上げねばならない、そう思っていた。それも、今日で終わりなのだけれど。


「山道から山頂付近のモンスターは片付けておいた、また何かあったらすぐ言って」
「いつもありがとう、レイは私のヒーローだわ!」
「…ティファってば、大袈裟」
「私もレイみたいに強くなりたいな、ねぇ、どうやって強くなったの?」
「強く、ないわ。彼らに追いつこうと必死なだけ」
「それでも、私から見たら強いもん。」
「ティファを守りたいから、かもね」
「ふふっ、…あのねレイ、私の幼馴染にも、ソルジャーになるって村を出た子がいるの。きっとソルジャーになったら、会いに来てくれるよね?」
「そうね。そうしたら、私とその子、二人でティファのところに遊びに来るよ」
「本当!?楽しみ!!」


今日の滞在は半日程度の予定だ。任務が終われば多少の自由時間。連れてきた兵士達にも休憩するようにと言い、私はティファの家で彼女の手料理を頂き、彼女と共に帰りの時間までを過ごす。大抵近況報告なんかをしている間に、あっという間に時間は過ぎてしまうのだ。彼女と談笑している最中、私の携帯が鳴り出す。画面に表示されたのは、兄の名前だった。ティファに断りを入れて、応答する。


「ジェネシス、何かあった?」
『レイ、順調か。』
「もう仕事は終えたわ。後は帰るだけ」
『流石だな。戻り次第ブリーフィングルームへ。』
「うん、わかった」


短い会話の後、通話を切れば遠くからヘリの音が聞こえる。…そろそろ時間だ。それを聞いたティファが心底寂しそうな顔をするので、その艶やかな黒髪を撫で、またすぐに会えるよと慰める。ヘリへと向かう私の後を健気に着いてきて、最後まで見送りをしてくれるその仕草は、まるでコチョコボみたいだ。可愛い。戻ると既に私以外の兵士は全員ヘリに乗っていたようだ。


「お待たせ、全員揃ってるね」
「はい!すぐに出発できます!」
「…レイ、またね、お仕事頑張って!」
「うん、ティファも元気で。また来るから」


彼女に手を振り、私達は神羅へと戻る。ティファは飛び立ったヘリがすっかり見えなくなるまで大きく手を振り、私達を見送ってくれたのだった。

漸く戻った神羅本社ビル、エントランスに集まる取り巻き達を抜けエレベーターに乗り込む。行先は49階、ブリーフィングルーム。兄に言われた通り、任務を終えすぐにやってきた訳だ。彼の赤いコートを探し視線を巡らせていると、後ろから誰かに手を取られ、引かれた。振り返れば、まさしく探していたその姿。


「ジェネシス。ただいま」
「おかえり、レイ。疲れているか?」
「全然。どうしたの、任務?」
「そんなところだ、今から出る。」
「…一緒に?まさか。そんなに人手が必要?」
「お前が、だ。ソルジャークラス1st、レイ。」
「…やめてよ、もう、恥ずかしい」
「胸を張ればいい。」


私の兄、ジェネシス。彼は神羅カンパニーが誇る精鋭部隊、ソルジャー、その最高クラスである1stに所属している。

ジェネシスは幼い頃から、同年代ながらも既に神羅で活躍していた英雄・セフィロスに憧れ、彼のような英雄になることを夢見ていた。ジェネシス、そして同郷の親友アンジール、その二人の背を見て育った私。三人揃って上京、神羅カンパニーに就職しソルジャーとなる為に、このミッドガルにやってきた。私達は適性検査で優秀な成績を修め、無事ソルジャーとしての試験に合格。その後、華々しい成果を上げたジェネシス、アンジールはあっという間に憧れていたセフィロスと同じ、クラス1stに昇進。…私は、一歩遅れていた。私には戦闘能力はあっても、極端にスタミナがない。長期に渡る任務では活躍は見込めない。なかなか戦績を残せず、誰も積極的にやりたがらないような些細な任務をこなし続けて…兄達に追い付けず2ndの座に甘んじていた、そんな時。
私を念願のクラス1stに押し上げてくれたのは、なんとセフィロスだった。彼は兄達と打ち解けてから、面識を持った私とも友好的に接してくれた。とある任務の遂行により私の力を認めてくれたらしい彼は、私を1stに、と統括に推薦したのだ。そうして、晴れて私はクラス1stに昇進する事が出来た。2ndのように雑多な任務も無くなり、空いた日はジェネシス、アンジール、そしてセフィロスと一緒に過ごす事も出来るようになる。…まだ、つい先日の話ではあるが。

そんな訳で、今日ニブルヘイムの魔晄炉点検へ赴いたのは、暫くティファの顔を見ることが出来なくなるだろうと思ったからだった。これからはより重要度の高い任務が振られるようになる、軽微な任務は他のソルジャーに任せることになるだろう。ティファにはまた来るから、と言ったものの、1stとなった今、次にニブルヘイムに行くことができるのは一体いつになるか分からない。彼女への連絡は欠かさないでおこう、と心に誓ったのだった。


「…で、どうして私、こんな格好…」
「やはり赤が一番似合ってるな。」
「ちょっと、ジェネシス。何よこれ」
「パーティーに招待されたなら、正装するのは当然だろう?」
「待って…私、聞いてないわ」
「聞いていようがいまいが、俺の見立てが一番お前を美しく見せる事に変わりはない。」
「……ほんと、勝手なんだから」
「気に入らなかったか?」
「…もういいわ。好きにして」
「仰せのままに。」


気付いた時には彼に引き摺られるようにして車に押し込められ、街にあるブティックで彼の着せ替え人形となっていた。赤、白、黒とドレスを着せられ、結局彼はこのマーメイドラインが美しい、シンプルかつゴージャスな赤いドレスが一番気に入ったようだ。どうやら私達ソルジャークラス1stは、新羅カンパニー代表取締役副社長兼執行役員就任記念パーティーに招待されたらしい。その時に着る為のドレスを、今ジェネシスが選んでいるということ。このパーティーは、神羅の重役を含む一部の人間にしか開催を知らされていないという。上の事情というやつだろうか。表向き招待という形を取っているものの、つまりは要人警護の任務だ。他の三人とは違って、私はフロアに配置される。景観を損ねない為に、私もこういった服装に合わせるそうだ。いくら着飾っても所詮は壁の花、態々彼が見立てる必要があっただろうか…。私がげんなりとしているうちに、ジェネシスはこの赤いドレスに合うパンプスやアクセサリーを吟味し、店員に全て包めと漆黒のカードを差し出していた。

全ての荷物を抱え(ているのはジェネシス)、社員寮の部屋へと戻る。1stとなってからは、寮の部屋は個室が用意された。だがジェネシスの要望で、私達は二人で一部屋を使うこととなった。ミッドガルに上京してからは兄と過ごす時間がほぼ無かったので、またこうして一緒に過ごせるのは嬉しいことだ。


「1st昇進祝い、まだやっていなかったな。」
「いいわよ、そんなの。私だって何もあげてない」
「俺はお前が傍に居てくれるだけでいいんだ。」
「……貧欲」
「貪欲だろう?」
「なら、このドレスがお祝いね」
「会社の金だ。」
「……抜け目がないこと」
「俺からは、これを。」


そう言って彼から渡されたのは、レイピア。鞘から抜き出した刀身は翡翠色だった。どこかで見た事のある形だと思ったが、ジェネシスの使っているものと色違いだ。彼が態々、私の為に職人に作らせたのだろうか。そのことに気付きぱっと顔を上げると、彼は僅かに微笑んでいた。


「大事にする…!!」
「アンジールのようにか?」
「今彼の気持ちが凄くわかる。ねぇ、ますます貴方に何かしてあげたくなった、何か言ってよ」
「全く、聞き分けがないな…」
「狡い」


彼のコートを掴み、くいと引く。拗ねたような素振りを見せてやれば、彼は私の髪をひと房指先で摘み、そこへ唇を落とした。そうして些細な願いを言ったのだ。


「当日このドレスを着たお前を、エスコートさせてくれ。」
「…そんなの、当然よ。ジェネシスにしかさせない」
「フ、…そうだったな。レイリア、お前を支配していいのは、俺だけだ。」



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