「終末の七秒前。…だが、まだ間に合う。未来はお前次第だ、クラウド───」


「レイ。」


背後から両肩に手を置かれる。大袈裟に跳ねた身体、振り返ればそこにはティファが微笑んでいた。おかえり、そう言った。呆けたままの私の頭上、大きな掌で髪をぐしゃぐしゃと撫でるバレットに、足元で私を見上げるレッド。隣のエアリスが、不安そうな顔で私の手を取っていた。前方にはクラウドの姿が見える。…安堵の息が唇から漏れた。こうして漸く仲間達の元に帰ってくることが出来たと、実感したのだ。振り返った景色は、…既にミッドガルは遠く見えている。言葉無く、荒野に佇む私達を生暖かい風が撫でていた。


「…どっちへ行けば、いいんだろう…。」


静寂を裂き、呟いたのはティファ。エアリスは首を横に振った。エアリスを取り戻し、ミッドガルを脱出した私達。…これから何の為に、何処へ行けばいいのだろう。右も左も分からないのに、何故だか早くこの場所から離れたいと思った。
俯いていたクラウドが、搾り出すような声で言う。セフィロス、あいつが居る限り、俺は。でも、倒しただろ?そう問うバレットに対し、首を横に振るクラウド。そうだ、私は、クラウドは、彼を倒してなんかいない。
彼は自分の目的の為に、この先の未来を導こうとしている。セフィロスはこの星を飲み込まんとしている脅威を退けたいと語ったけれど、それは純粋に星を救いたいという気持ちからの発言だったのだろうかと考えれば、決してそうではなかったと感じた。どうして私達をあの場所に導いたのか。あの場所は世界の先端、終末の七秒前…言葉通りに解釈するなら、まさに世界が、未来が終わる瞬間の場だった。私達にあれを見せて、共に抗おうと手を差し出した…彼の瞳に映るもの、その目的が何かまでは、私達には見当も付かなかった。


「行こ、クラウド」
「レイ…?」
「…私達、何も知らない。でも、きっと彼は全てを知っている。だから」


私は、もう二度とみんなを振り向かせたりしない。エアリスが、みんなが望む未来に進む為に自分の力を使うと、決意した。私には彼を斬ることが出来なかったけれど、私を支えてくれるみんなと同じ方向を向いていたい。私には、何も無いから。周りに流されるままかもしれないけれど、それでいい。もう誰に何と言われようが構わない、揺らがない。私は私を必要としてくれる人を守ることが、自分の生きる意味、正義であると気付かされた。クラウド、貴方に。そう伝えれば、クラウドは少しだけ表情を和らげた。反対に私の言葉を聞いたエアリスの、繋いだ手が強張った気がしたのは、気のせいだろうか。


「…追いかけよう。大丈夫。」
「私も行く。」
「追跡ならば、鼻が必要だろう。」


エアリス、ティファ、レッド。私の言葉を聞いた彼らがそう続けた。私はひとり言葉の無かったバレットを見つめた。視線に気付いたバレットは唸り、オレもいくぜ!と大きな声で言った。


「アイツは星を壊すつもりなんだろう?星の敵はアバランチの敵だ!!」


それは、エアリスの語った未来。星の真の敵は、セフィロス。彼は星に仇なす者。それはきっと、間違いないのだと思う。運命の壁を越えるとき躊躇ってしまったのは、私は知っていたからだ。彼の優しい笑顔も、柔らかな視線も、抱き留める腕の温かさも。しかし、命ある限り彼と闘わなければいけないということも、知っていたのだ。その理由は、未だ思い出せない。だから、追いかける。全てを明らかにする為に。きっと記憶を失っていなくとも、私は同じ選択をする筈だと確信していた。


「行くぞ。」


クラウドは前を向いて、歩き出した。みんなはそれに続く。私も一歩を踏み出そうとしたとき、手を繋いだままのエアリスはその場に留まっていた。エアリス、と彼女に呼びかけると、彼女の視線は私を向いた。相変わらず不安そうな顔をした彼女は、小さな声で、言ったのだ。


「もう、居なくならないで…レイ。」
「もう、居なくならないで…レイ。」


脳内で、いつかの記憶と思われる彼女の姿と目の前の彼女の姿が、そして声が、重なった。彼女の言葉に動きを止めた私の鼻先へ、ぽつり、雫が落ちる。エアリスと二人、空を見上げればたくさんの雫が落ちてきて、あっという間に私達を濡らした。…雨だ。


「…空、嫌いだな。」


エアリスの呟きにつられ、彼女を見遣る。瞼を閉じ、雨に打たれるままのその姿。眦から涙のように、雫が伝っている。それはきっと、雨なのだけれど。それでも私には、彼女が泣いているように見えてしまった。彼女と繋いだ手に、ぎゅっと力を込める。…そうしないと、彼女こそが居なくなってしまいそうで。
白紙となった未来。エアリスにも、セフィロスにも、最早誰にも予想し得ない展開になっていくことだろう。この先の未来を知る者は、もういない…。それでも、これから私達が追いかけるのは、恐らく残酷な真実だ。セフィロスとの因縁を精査したところで、私には…きっと幸せな現実など訪れやしない。そんなことくらい、分かっている。


「…それでもいい」
「…レイ?」
「エアリスも。…私の傍に、居て」


セフィロスと刃を交えていたあの時、過ぎった情景の中に、貴方を失う未来を見たの。そう言わなくとも、彼女に真意は伝わったようだ。不安そうな顔をしていた彼女は、その言葉に漸く笑みを浮かべ、大きく頷いたのだから。
私達の歩む道には、常に涙が付き纏う。出会いの数、別れがあって。みんな、泣いて、その度に闘って。闘った後は、また悲しみが襲ってきて、泣いている。悲しみの輪廻に捕らわれて、そうやって私達は命を燃やしている。みんなの笑顔は尊いものだと知った。だからこそ私は、それを守りたいから、此処に立っていられる。


「夢も何も無いなら、自分が大切だと思うものを守ればいい。それがお前の正義になるさ。」


教えてくれて、ありがとう。そう、心の中で呟いた。


「レイ。」
「クラウド、」
「…行こう。」


着いて来る気配の無い私達の元に、クラウドが引き返してきた。彼は私の肩に掌を置いて、私を見据えている。相も変わらず、その瞳には私の姿だけが映っていた。…迷うことなんて、何も無い。信じるものは、私の瞳に映っているのだから。向こうでティファとバレットが声を張り上げ、私達を呼んでいる。今行く、と返事をしてクラウドの手を取り、二人の手を引いて走った。私達の進む未来が、光在るものであることを願って。

───この旅を、終わりの始まりにはさせない。


Eternal Crime - Ploject deltaray - fin.



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