「…い!おい、レイ!嫌だ、目を開けてくれ…もう二度とアンタを失いたくない!!」


暗闇の中。私は誰かの温かな腕の中にいる。瞼を閉じていても分かる。必死に呼びかけてくれている、この声は、クラウドだ。クラウドが私を呼んでいる。私は彼に心の中で小さく謝った。…今は瞼を開けるのが些か億劫だから。


「レイ!レイ!!嫌だ…どうして、…!!何で!!!」


ぼんやりと脳裏に浮かぶのは、揺れる金の髪。私は抱き起こされている。薄く瞼を開き見上げた先、透き通る水の色から零れた粒が私の眦に落ちて、流れていく。涙だ。この人は、私の為に泣いている。
この人には泣かないでほしいと思った。何も成し遂げられなかった私の命には、到底価値なんてない。生きていても誰の力にもなれないのに、死ねば悲しんでくれる人はいる。私は、そんな愚かな存在だった。私はこの人の隣になんていられない。相応しくない。この人みたいに、綺麗じゃない。頭では分かっているのに、私はこの人に縋って、苦しめて、いつまでも甘えているのだ。こんな私が、いつかこの人の隣に立ちたいだなんて夢を見ては、いけないのに。

だって、私は、


「それでいい。お前はお前である限り、自由になどなれない。」


暗闇が近付いてくる。この声が、私を不安という鎖で雁字搦めに縛り付ける。それは因縁であり、宿命。私の道は彼の進むそれとは別たれ、共に歩む事は最早適わない。ならば私達は死ぬまで互いに剣を向け合う。少なくとも私にはそれしか、出来そうにない。もうそれ以外、彼と語り合う術を知らないのだ。しかし───…

確信にも似た思いがあった。いつか私が星に還る時、その生を止めるのはセフィロス。彼の刃による。それなのに、瞼の裏に描かれた光景は、ライフストリームに包まれた空間、クラウドに手を取られた私が涙ながらに、この手を離してほしいと懇願している姿だった。

死なせて、と。


「気を付けろ。そこから先は、まだ存在していない。」


背を這う甘い吐息が耳元を掠める、この声は、セフィロスだ。漸く瞼を開けば、私はセフィロスの片腕に、優しく抱き上げられていた。彼は隻手の指の背を使い、私の頬をゆるり撫でると、薄く笑んだ。それは、私の知っていた笑みだった。…気付けば、傍らにクラウドも居る。周囲に目を向けると、私達が今居る場所は、まさしく宇宙だった。音も、空気の振動もない銀河の中に、私達は包まれている。セフィロスの視線の先、前方に見て取れるのは大きな、大きな光の渦。見ているだけで吸い込まれてしまいそうだと、思った。我々の星は、あれの一部になるらしい。彼はそう言った。


「俺は消えたくない。…お前を、消したくはない。」


…まただ。セフィロスの表情を見れば、胸が騒ぐ、ぎゅっと締め付けられるような感覚。その瞳は、私を捉えていないけれど。それを言ったら、また彼に憎悪を向けられてしまうのだろうか。あの時首筋に纏わり付いた彼の指の感触を辿るように、自分の指を首元に這わせた。


「…此処は?」
「世界の先端だ。」


クラウドの問いに、そう言ったセフィロス。再び私に視線を下ろし、次いでクラウドを見遣ると彼に向けて、手を差出してこう告げた。


「お前の力が必要だ、クラウド。共に運命に抗ってみないか。」


差し出す手は、その言葉は、表情は、一切の迷いなど感じられなかった。運命は変えられない、運命に抗うな。何度も彼の口から聞いてきた言葉だった筈なのに、今彼はクラウドに対してこう言ったのだ。運命に抗おう、と。
確信したのだ、彼の瞳に映っていたもの、それもまた未来だということ。エアリスは、星の本当の敵はセフィロス、だから止めたいのだと語った。私達は、エアリスが思い描く私達との新たな未来を実現させるべく、運命と、彼と対峙するに至ったというのに…彼もまた、運命に抗おうと言い出した。エアリスにとっても、セフィロスにとっても、この先に待ち受ける未来は絶対に変えたいもの、ということなのだろう。
しかし、今やクラウドはフィーラーを倒し、フィーラーの目指していた未来、私達が抗うべき未来を白紙のものとした。だというのに彼は、クラウドに手を差し出している。セフィロスは、星があの光の渦に飲み込まれ、消滅するという未来を語った。セフィロスがあれと言ったものは、エアリスが真の星の脅威、と言った彼までもがクラウドに力を借りたいと言うほどの、脅威。…まだ、運命は白紙に戻しきれていないと、彼は伝えたいのか。
クラウドには、運命を変える力がある。この先の未来を創造するにあたって、その中心にいるのはきっと、クラウド。私も、みんなも、…セフィロスも、そう思っているんだろう。


「…レイを、返せ。」


クラウドはセフィロスに差し伸べられた手を時間を掛けて見つめ、それに応えることはなく、その後私へと視線を移した。差し出した手を引いたセフィロスは緩慢とした動作で私の左肩に触れる。…この肩に、もう傷はなかった。私の両足を地表に着け、腕を解いたセフィロスはクラウドに剣を向けた。私はふらつく足取りでクラウドに駆け寄る。クラウドは私の腕を強く引き、自分の背に隠すように立つと同じく彼へと剣を向け、鋭い視線を遣る。


「それは、お前の手に余る。」
「アンタに言われる筋合いはない。俺はレイを傷付けたりしない!」
「…易い言葉だ。」


砂を踏む音。二人の刃は交差する。



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