エアリスは、私達と一緒に運命の壁を越えようと言った。彼女の知る運命、未来は、彼女にとって変えなくてはいけないものなのだろう。それがどんな結末なのかは、彼女以外に知る由も無い。
クラウドに手を引かれ壁を潜った先、数多のフィーラーは空の一箇所に渦を巻き、果てはひとつの集合体を形成していた。あまりにも巨大なその存在は、まさに運命の番人の名を冠するに相応しい出で立ち。フィーラーが守っているという運命の道筋、それを今破壊せんとする私達は、彼らにとって排除しなければいけない不穏分子、敵だ。彼らは私達がこの先に進む事を決して許さないのだろう。そうしてフィーラーは私達の前に立ち塞がった。…しかし、私がその様を実際に目の当たりにする事はなかった。

何故ならフィーラーと交戦しているのは仲間達であって、私の越えるべき壁はフィーラーではなかったようだから。


「いい表情だ、レイリア。」


そう、気付いた時、私は既に彼と刃を交えていたのだ。彼、───セフィロスと。


「…運命に抗うなと言った筈だ。」


彼は自ら剣を振るう事はなく、私の剣を受けているだけ。その表情は笑みを湛えている。何度剣を凪いでも彼には一度も届かないでいた。視界を舞う己の銀の髪が鬱陶しい。
…決めたのに。みんなと共に歩むと、みんなを守るのだと。その為に、セフィロスと闘うのだと。その決意も、みんなと在ればこそ。みんなに笑顔でいてほしい、そう思えばこの程度の苦難何度だって越えられる。自分を叱咤し、歯を食いしばっては何度も何度も彼に立ち向かった。お前達が未来を変えるというのなら、私は今此処でお前を殺す事が出来るだろう。必死な私を嘲笑うかのように、彼は表情を一切変えることなく言ったのだ。


「恐ろしくはないか。死が、私が。」
「…恐ろしいに決まってる」
「ならば、お前は何故私に立ち向かう?」
「エアリスの思う未来の為に」
「…お前には何も成し遂げられまい。」
「そんなの。やってみなきゃわからないわ」
「ほう…」


重い金属の音。彼の刃が、私の剣を弾いた。息付く暇なく、一瞬の内に彼は私に無数の剣撃を浴びせる。その全ては目で捉えきれない。ある一撃が脚を掠め、私は大きく体勢を崩してしまった。その隙を見逃さなかった彼は、すかさず私の剣を持つ手を斬り付けたのだ。思わず剣を手放し、状況を立て直そうと大きく後ろへ飛び退いた私は着地した次の瞬間、背後の壁に磔にされていた。彼は私の手を離れた剣を拾い上げ、私に向けて投げていた。剣は私の左肩を穿き、そのまま背後の壁に突き刺さっている。目を疑うような光景に、痛みは後から脳に伝わってきた。
顔を歪める私へ、一歩、また一歩と近付いてくる彼。その姿が、遂に眼前へと迫る。同じ色の瞳。同じ色の髪。私によく似た彼が、私の視界を支配する。…私が知る彼の笑みは、こんなものじゃなかった。肩に刺さる剣を抜こうと震える右手で柄を握ったものの、その手をふわりとセフィロスに握り込まれ、更に押し込まれる。広がる傷口、襲い来る痛みに嗚咽が漏れる。私の様子に機嫌を良くしたのか、彼は私の耳元へ唇を寄せ囁いた。命は惜しいか。背を這うような、艶のある声で。


「お前が地に足付け生きる為には、誰かに縋るしかない。例えその者を苦しめる事になろうとも。」


その言葉に衝撃が走った。私は、苦しめている?クラウドを、みんなを…。セフィロスは、私の心の内に抱える不安を見通しているかのような言葉を選ぶ。彼はどうしてこんなにも私を知っているの。私は何も知らないのに。
すると、痛みと共に脳内に様々な情景が押し寄せてきた。赤い獣が、荒野を駆ける場面。あれは、レッドだろうか。次いでエアリスが、祈りを捧げている場面。その後は、あるマテリアが、エアリスが私達の目の前で湖に、沈んで、───これが、未来?エアリスが見ていた、そして今彼らが変えようとしていた運命の姿…?

…現状に引き戻された私は、震える唇で呟いた。貴方はもう、私を愛していないの?それは、私が裏切ったから?…これは、私が記憶の中、彼から言われた言葉を返しただけだ。愛している、裏切り者。彼は確かに私に向けてそう言っていたから。すると、それを聞いた彼はゆっくりと笑みを消した。彼に握られていた右手はいつの間にか指を絡めて繋がれている。剣を伝って重い雫が落ち、赤黒く床を汚しているのが見えた。私の血だ。最早、肩の痛みは感じないけれど。


「愛している。」


彼の瞳は私を真っ直ぐに捉えていた。次いで瞼が閉じる様を眺める。他人事のように感じていたが、ああ、彼が私に唇を重ねていた。ほんの数秒、…それから少しだけ顔を離した彼は言った。


「お前は、私のものだ。」


この左腕を、そして両の足をもいで何処にも行けない様にしてしまうか。それから残された右腕で、私だけを求め縋ればいい。そう続けた彼、そして漸く自覚した。私は彼に愛されている。…しかし、私が心を通わせ合ったのは、クラウドだった。彼では、ない。そうして私は彼を裏切ってしまったというのだろうか。私が彼を選べなかったから、彼にとっての裏切り者になったという事なのか。
本当は分かっていたんだ。彼が私へ向ける、その優しい視線が、笑みが、どういう意味を持っているかなんて。


「レイ!!!」


セフィロスの肩越しに、クラウドが剣を構えている姿が見える。彼が此処に辿り着いたということは、立ちはだかるフィーラーを下したのだろう。そして彼は、この先の未来を変えるのだ。だがその為には、セフィロスを倒さなくてはいけない。クラウドはセフィロスに立ち向かう。
クラウドの声を聞いたセフィロスの表情は、私にしか見えない。けれど一瞬だけ、私を見つめ本当に優しい笑みを浮かべた気がした。目を背けたいと思うほどの優しい笑みだ。血に塗れたお前は一層美しい。そう呟いた後セフィロスは立ち上がり、クラウドへと向き直ると刀を構えた。…どうしていつも、そんな顔を見せるの。やめて。此処に来ることも、その笑顔のせいで迷ってしまったのだから。
こうして私は、私を導いてくれたクラウドに、全ての決着を託してしまうことになる。セフィロスの右肩にはためく黒翼、私は目を瞑る。

───私には、彼は斬れなかった。



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