「貴方は、間違っている。」


セフィロスと対峙した私達。少しの沈黙の後、エアリスははっきりとそう言い切った。貴方は、間違っている。そう言葉を突きつけられても、セフィロスはいつも通りの冷たい笑みを顔に貼り付けたまま。段々と大きくなってくる自分の鼓動の音が、耳障りだった。セフィロスはエアリスに視線を向け、口を開く。感傷で曇った眼には何も見えまい。彼が言い終わるや否やエアリスはもう一度言った。貴方は間違っている、と、強い口調で。


「命は星を巡る…だが、星が消えれば、それも終わりだ。」
「星は消えない、終わるのは…お前だ。」


クラウドが大剣を構え、セフィロスを睨む。私は息を飲んだ。セフィロスの語る言葉は、掴み所がない。私達はその言葉の真意を知り得ない。…彼の瞳には何が見えているのだろう。私達に、何を伝えたいのだろう。今まで何度そう考えてきたことか。
来るぞ。短く呟いたセフィロスの背後、大量のフィーラーが現れた。聞こえてきたのは耳を劈く彼らの悲痛な叫び、思わず顔を顰め耳を塞ぐ。これは運命の叫びだと、彼は言った。


「早く来い、クラウド。」


彼の背後に広がるは闇の壁。その闇の内へと、セフィロスは身を滑り込ませた。すっかり見えなくなった彼の姿を追うように、クラウドは歩み出す。するとエアリスが咄嗟に彼の腕を掴み、制した。驚くクラウドが思わず立ち止まり、エアリスは闇に向かって手を翳す。すると、闇の中に眩い光が生まれていった。それはまるで、明るい未来の象徴のよう。振り返った彼女は言った、ここは分かれ道、運命の分かれ道だと。


「どうして止める。」
「…どうしてかな。」
「…向こうには何があるの?」


ティファが問い掛ける。エアリスは少しだけ口を噤んでから、自由、と呟いた。


「自由は怖いよね、…まるで、空みたい。」


星の悲鳴、聞いたよね。かつて、この星に生きた人達の声、星を巡る命の叫び。…彼女が言うそれはフィーラーが私達に聞かせた叫びを指した。運命の番人と呼ばれたフィーラー、それの本質は未だ不明瞭だ。しかしエアリスが今はっきりと言った、先程の悲鳴、あれはかつてこの星に生きた人達の声であると。それはフィーラーが、かつてこの星に生きた人達だ、ということになるのだろうか。その悲鳴は、セフィロスのせいなんだろう。クラウドの問いに、エアリスは頷いた。


「あの人は悲鳴なんて気にしない。何でもないけど、かけがえのない日々…喜びや幸せなんて、きっと気にしない。大切な人、亡くしても…泣いたり叫んだりしない。セフィロスが大切なのは、星と自分。守る為なら何でもする、…そんなの、間違ってると思う。」


エアリスはゆっくりと私の前まで歩を進め、私の両手を取って、ぎゅっと握った。深い緑の瞳には涙が溢れ、まるで澄んだ泉の如く美しかった。彼女が瞬きをすれば涙が一筋、雨粒のように頬を伝い、顎先から地面へと落ちていった。


「星の本当の敵はセフィロス。だから止めたい。それをクラウドに、みんなに手伝ってほしかった。このみんなが一緒なら出来る。」


私達の敵は、神羅じゃない。そう言っていたエアリスが語った真の敵は、彼の、セフィロスの名だった。彼女の中には、何かが、ある。それが漠然とした未来のヴィジョンであることを、私達は確信した。そして彼女に見えているのは、セフィロスこそが真の星の脅威であるという事実。エアリスは私の手を離し、背後を振り返る。


「でも、この壁は運命の壁。入ったら、越えたらみんなも変わってしまう。…だからごめんね、引き止めちゃった。」


光と闇の入り混じる壁。この先の未来は、光か、それとも闇か。それはまだ、彼女でも分からないのだろう。しかし彼女が真の敵と掲げたセフィロスは、この壁の向こうだ。あまつさえクラウドを招いている。…私達は、選択肢を残されていない。


「迷う必要はない、セフィロスを倒そう。…悲鳴はもう聞きたくない。」
「自由の代償は高い、昔から相場は決まってる!!」
「壁、薄いといいね。」
「運命の最後の砦だ。そうはいかない。」


クラウド、バレット、ティファ、レッド。彼らは前を向いた。壁に向かって歩み出す彼らの背中を見つめ、私は一歩も動けずにいた。立ち竦むばかりの私に気付いたエアリスがレイ、と私の名前を呼び、全員が私を振り返った。…ああ。彼らは後ろを振り返る暇なんてないのに。クラウドが私の元へと近寄り、私の瞳を覗く。


「…どうした、レイ。」
「クラウド、私、…どうしよう」


揺れていた。心が、声が。

私には、みんなのような明確な意志がない。星を守りたいなんて大義名分を掲げられるほど、中身もない。何故セフィロスに立ち向かって、倒そうとするのかと言われたら答えられない。

だって、彼はあんなにも優しく笑うのに。

こんな事を考えてしまう私が、彼に、運命に立ち向かうなんて烏滸がましい。何が正しくて、何が間違っているのか、何の為に生きているのかすら、分からないような私が。そう、思い至ってしまった。
人は己が正義の為に闘う生き物だ。そして正義の矛先が同じ人間は集い、異なるものと争う。私には、未だ正義と呼べる標が見付からない。今の私には定められた運命とやらを覆す必要があるのかも、判断しかねる。こうして重大な局面を迎えてみれば、己が如何に不安定な存在であるかを実感した。…こんな私が、立ち止まったままの私が、みんなと同じ歩幅で未来を目指すなんて…。そうして足は動かない。


「レイは、優しいね。ほんとに必要なときだけ、必要な闘い、してる。」


ふと、エアリスがそう言った。…違う、闘う理由が分からないだけなのに。


「レイは昔っからそう!自分の事なんて考えてない、いつも人の事ばかり気にかけて。」
「こりゃ確かに、ティファが世話焼きたくなる気持ちも分かるぜ。…ちったぁ、ワガママになったっていいんだ、レイ。」


ティファ、バレットが続けた。…違うよ、私はそうやって人に縋って生きるしかないの。自分の意見がないから、いつも誰かに言われた通りに、誰かと同じ様に、誰かがいないと…。


「私と同じように、もっと簡単に考えたらどうだ。今、どうしたいのか。それだけじゃないか。」


レッドが此方を見つめた。今、私はただ───


「夢も何も無いなら、自分が大切だと思うものを守ればいい。それがお前の正義になるさ。」


───そうだ、私に教えてくれた人がいる。


「…俺に、着いてきてくれないか。」


気付けば、クラウドに手を差し出されている。…いつか、彼は私に言った。いつも守られて、いつも手を引かれて。アンタが俺をここまで連れて来てくれたのだ、と。再び彼と巡り会った私は、以前私が彼にしたように、彼に導かれている。導こうとしてくれている。彼の優しい視線に、胸が温かくなった。思えば案外似た者同士だったのかもしれないなと、だから彼と想い合ったのかと考えれば、少しだけ笑ってしまう。気付けば彼の肩越しに見えるみんなが、笑っていた。…何も無い私に、全てを与えてくれた人達。この人達を、守りたい。今はただそれだけを、心の底からそう思っている。


「私には、誇りも夢も、信念もない。でも、一緒に居たいの。貴方と。…みんなと、ずっと時を過ごしていたい。それだけでも、…隣を歩いて、いい?」


差し出された手を握る。すると、彼に強い力で握り返され、そのまま抱き締められた。見上げた彼の瞳には、私の姿だけが映っている。…ああ、私にはこの人が着いていてくれる。そしてこの人には私が着いていなければ。そう、感じた。

行こう。クラウドに手を引かれ、私達は共に前へ歩き出した。


「クラウド。さっきの、プロポーズ?」
「…それだけ言えるなら、もう大丈夫だな。」
「うん、…ありがとう。好きだな、やっぱり」
「………知ってる。」
「?貴方の事とは言ってないけど」
「!…」
「冗談だよ」
「…俺で遊ぶな。」



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