「所詮、お前は出来損ないだ。」


憎悪に満ちたセフィロスが、私を見据えている。静かに視線を落とすと、自身の心臓に突き立てられた、彼の刃があった。…この事象が他人事と思えるほどに、不思議と痛みは無い。何か言葉を発そうとして、喉が燃えるように熱くなる。声の代わりに肺から溢れ唇から零れたのは、己の血液だった。全身から力が抜け、手に持つ翡翠色のレイピアが音を立てて床に落ちた。心臓から刃が抜き去られ、同時に私の身体は床に転がる。…温かい。傷口から止め処なく命が流れていく。霞む視界の中、彼の冷酷な視線が私を射抜いている。しかし、何故だか泣いているようにも見えた。最後の力を振り絞り、彼に向けて伸ばした手は…そのまま空を掻き、落ちる。

───もう、届かない。


「泣いているのか。」


次に瞼を開いた時、鼻先触れ合う距離にてセフィロスに見つめられていた。瞬きを数回、後に周囲に視線を巡らせると、広がるミッドガルの夜景。神羅ビルの最上階であろうヘリポートが眼下に見えるということは、私達がいるのはその更に上だ。鉄塔のような不安定な足場に立つ彼、私は軽々と片腕で抱き上げられている。もう片腕には、何か別のものを抱えているようだ。突風に煽られ瞼を閉じると、被っていた帽子はどこかへ飛んでいってしまった。結われていた髪がはらりと解け、彼の銀の髪と一緒になって靡く。…私を見遣る彼の表情からは、何の感情も読み取れない。しかし、彼への恐れは僅かに和らいでいた。感覚的な表現ではあるが、彼が私に触れる手が痛くないから、かもしれない。
指摘された通り、どうやら私は泣いているようだった。潤む視界、涙を拭う。その様子を見た彼はふ、と笑みを零していた。どういうつもりなのか、と問えば何の意図もない、と言う。それだけの会話の応酬で、どうしてこんなに胸が騒ぐのだろう。彼の声を聞くと、苦しい。悲しい。…恐らく愛おしい、とも。そう思うのは、どうして。分からないことばかりが頭を巡る。何も言葉に出来ないでいると、彼が先に口を開いた。


「…無駄な足掻きはよせ、運命に抗うな。」


それだけ言うと、彼は私から視線を外し、空を仰ぎ見た。…彼の言う運命とは、一体何を指すのだろう。思わず彼の服に縋る。私の記憶、脳内に蘇る光景にはいつも彼の姿があった。彼が、セフィロスこそが私の記憶の鍵になる人物だと言っていい。きっと私の記憶は、神羅、そして彼に捕らわれているのだから。私は何者だった?どんな仲間と一緒だった?何をやりたかった?その信念は?何の為に、生きていた?どうして私は記憶をなくした?湧いて出る疑問が止まらなくなり、一方的に捲し立てる。私の震える声など一切構うことはなく、彼はただただ沈黙するだけだった。唾を飲み、私が最後に一言呟いた言葉、それには遂に彼が反応を示した。


「私を、見て」


次の瞬間、気付けば彼が私を抱き上げていた腕は私の喉元に伸ばされ、大きな掌に掴まれた喉がきつく絞められていた。身体は宙に突き出され晒されている、驚きのあまりもがけば、もがくほどに喉を絞める力が強くなっていく。彼の瞳は、憎悪に塗れていた。最後にこの瞳に見つめられたのは、いったいいつのことだったか。…息が出来ない。苦しい。口の中が、カラカラだ。このまま、死ぬのだろうか。私は此処で、セフィロスに、殺され───


「運命とは何か、教えてやろうか。」


かろうじて細い呼吸を繰り返していた私に、彼は一言、そう言った。


「今、此処で私がお前の命を絶とうとも、お前は生き続けるのだ。これは比喩的な表現では決してない。…試しに、この場でお前を縊り殺してみせよう。なに、怖がることはない。あの男を殺した程度では到底何も感じ得なかった…甘美な絶望に染まるお前の顔を、私だけに見せてくれないか。……なぁ、レイリア。」
「レイ!!!」


言葉少なだった彼が運命とやらを説く、狂気に満ちた光景。しかし、どういうことだ。彼は、誰かを手にかけたのだろうか…まさか、私の仲間達…?彼の言葉の意味をよく理解できないうちに、私の名前を呼ぶクラウドの声が聞こえてくる。セフィロスの視線が一瞬私から離れたと思えば、私の身体はそのまま宙に放り出された。重力に倣い落下する身体。落ちていく。そう思ったのも束の間、下にいたクラウドが私を抱き留めた。急に開放された気管が大量の空気を取り込み、思わず咳き込む。クラウドに大丈夫かと声を掛けられ、小さく頷いた。


「セフィロス…!!」


クラウドが上へと視線を遣る。つられて私も視線を上げると、彼は片手で抱えていたものを抱きなおした。ちらりとしか見えなかったが、あれは、先程までポットに保管されていたはずの彼女、…ジェノバの、身体。そのうち、瞬きを繰り返しているといつの間にか彼の姿がセフィロスではなくなっていることに気付く。彼に代わりその場所に立っていたのは、黒いマントを羽織っている人物。あれは…マルカートさんの風貌に、似ている。目を凝らしていると、その人物の周囲にはフィーラーが現れ、彼はそのままフィーラーと共に飛び降りていった。このビルの最上階から地上へと、真っ逆さまに───。



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