この世界に限らず、プログラムというものはその構成の際に歪み、余白といった人々の認知外の類であるスペースが誕生する。所謂ブラックボックス、…通称、認知外迷宮と書いてアウターダンジョン。普段一般PCがこの世界で生活する分には決して接触することはないその場所を、無理やりこじ開けることが出来るプログラムがある。何かを掴んだらしいパイによって私達はエルド・スレイカに呼び出され、その追加プログラムをPCにインストールするよう指示された。これでこの世界の各地に点在するデータの歪みから、アウターダンジョンに進入することが出来るようになったという訳で。
何故私達がそのアウターダンジョンに進入するのかといえば、知識の蛇が榊のものとなってしまったからだ。私達の動向、その会話の内容まで、榊はいつでも監視出来る状態にある。しかしアウターダンジョンはこの世界であってこの世界でない場所、つまり知識の蛇に干渉されることがない。此処なら、私達が何を話しているか榊には分からないのだ。
足を踏み入れてみれば、その場所は至ってシンプルだった。何も整備されていない、ただのポリゴンの配列。本当に余白という言葉が正しいそのスペースだが、密会には最適だろう。私達G.U.のメンバーは此処に集合し、全員揃ってパイの報告を聞くことになった。


「CC社は、AIDAを制御できる榊を採用したという事よ。…でも、榊の後ろで糸を引く奴がいる。」
「…間違いない。オーヴァンだ」
「…きっと、今まで起きたこと全てに彼が絡んでいる」


そうだ。榊はAIDAを制御していた。オーヴァンも、彼も体内にAIDAを宿していた。碑文使いでもあり、AIDAPCでもある彼こそが三爪痕、…全ての事態の根源。そして榊をけしかけた張本人なのだから。
今の榊さんにはついていけない、でも榊さんを放っておけない。アトリはそう呟いた。…榊はAIDAと同調した。本人の意志を過剰に増幅している為、その全ての発言は誇張され本心ではない部分もあるかもしれない。…けれど彼のあんな姿を見て、なおそう言うのだ、アトリは。そのいじらしさに胸を打たれた私は、彼女の肩にそっと手を添えた。ハセヲは強い眼差しをパイに向ける。


「俺は、八咫に何の借りもねぇ」
「ハセヲ…」
「でも。…関わり抜くと決めた。メイカと、約束したんだ」
「うん。…私達は立ち向かう。逃げない。まだ、終われない。」


オーヴァンのAIDA。オーヴァンに出会った理由。此処に居る意味。自分のことを何も知らないまま、投げ出せない。少しやつれた様子のパイは、小さな声でありがとう、と零し瞼を伏せた。これからパイは引き続き八咫の行方を追うという。彼女は私達に目立った行動をしないようにと言いつけた。…ハセヲに集まる視線。…そして、この日は早々に解散となった。

── 驚きすぎて、思わず椅子から落ちてしまった。アウターダンジョンから戻ってみれば、私宛に、いやこの世界のプレイヤー全員にとんでもないメールが届いていたのだ。


「PKトーナメント開催のお知らせ…!?」


その名の通り、竜賢宮にてPKの頂点を決めるPKトーナメントが開催されることとなったようだ。トーナメントに選抜されるプレイヤーについては、こう記されていた。暫くの間ルミナ・クロス、ブレグ・エポナ両タウンエリアでPKが可能になる。そして“今日に至るまでのPKしたPC数”が多いプレイヤーに、竜賢宮のアリーナトーナメントの参加資格を与える…と。メールの最後には竜賢宮宮皇である太白から、プレイヤー達の奮闘を期待するとのメッセージが添えられていた。…一体どういうことなのか。これでは公式自体がPK行為を助長する事になるじゃないか。公式がプレイヤー間抗争を認めていたのは、アリーナバトルだけだった筈なのに…タウンまでPKが出来るようになるなんて、そんな可笑しな話があっていいのか。私がそのメールの文面を何度も何度も読み返しているうちに、ハセヲからのメールが届いた。このPKトーナメントの件で、天狼から連絡が来たというのだ。呼び出されたから、一緒に来てくれないかと。…何が何だか分からないまま、私はM2Dを被りなおした。


「ハセヲ!ごめんおmwtで」
「いや、俺も今来たところだけど、…とりあえず落ち着けよ」
「う、う……だって…」
「気持ちは分かる。つか、見ろよ。すげぇことになってるぜ」


ルミナ・クロス、カオスゲート前。先に来ていたハセヲは通行人の様子を見ていたようだ。ただ歩いているだけのPCを、二人組のPCが背後から襲いかかり、PK。…こんなことがあちこちで起きているらしい。どこから出た噂かは知らないが、今回の竜賢宮PKトーナメントの優勝者には、ネットマネーが100万円分贈呈されるとかされないとか…。多数のプレイヤーが色々な思惑でこのイベントに乗り出してくるに違いない。そんなことを聞けば、私達の頭に過ったのは自分の身の安全よりも、大切な友達の事だった。シラバス、ガスパー…あの二人は大丈夫だろうか。二人にとって、また楽しくない世界がやってきてしまう。後で様子を見に行ってやろう、ハセヲの言葉にただただ頷いた。


「ハセヲ、メイカも一緒だったか。あの日以来だな」
「久しぶりね、天狼」
「呼び出して済まなかった。少し話がある。二人共、此方へ来てくれるか」


合流した天狼に導かれ、私達が足を運んだのはアリーナの観客席。行われている試合は、今シーズンの竜賢宮タイトルマッチだった。



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