「八咫が行方不明?」
「ええ、それも、リアルの彼が…」


この世界に戻って早々、レイヴンの@homeへ呼び出された。最早碑文使いでなくなった私だが、どうやらパイの信頼を得ているようで、こうして皆と一緒に居るのだ。私が意識を失っている間に、一体何があったというのだろう。もしかして彼の身にも…?
集まった私達の耳に、沈黙していた知識の蛇の起動音が聞こえた。今、知識の蛇には誰も居ない筈なのに。弾かれたようにパイが走り出し、私達は彼女の後を追う。パイの視線の先、信じられない光景があった。知識の蛇を操作していたのは、何と…あの、榊だったのだ。いつもは八咫が居たその場所に立つ榊は、傲慢な笑みを浮かべて私達を見下している。そのPCは赤黒い鎧のようなものを纏い、最後に見た彼の姿より幾らか刺々しい。恐らくAIDAと融合しているのだろう、以前のような温和な雰囲気を失いこそすれ、とりわけ彼は暴走する事もなくAIDAを飼い慣らしているようにも見える。…オーヴァンと、同じ様に。


「八咫なら、もう居ない。システム権限を失った瞬間、PCを捨ててゲームから逃げたんだからなァ…」
「嘘、嘘よ…!八咫様…!!」
「パイ、落ち着いて…どうせはったりよ」
「君の目は真実を見極める力を失ったのだろう、メイカくん。実に哀れだ…」
「っ…それは、」
「テメェッ!!!」


私達は揃って榊を睨む。彼は怯むことなく言った。榊への反逆はCC社への反逆とみなす、と。榊が知識の蛇を起動させたという事は、つまり榊はCC社と契約しG.U.の責任者となった事を意味している。今や知識の蛇、碑文使い、そしてこの世界の全てが榊の管理下に置かれた。八咫は、その座を榊に追われ、リアルごと行方不明になったというのだ…。CC社は安定した世界の運用と利益の追求こそを重要視している。それを実現できなかった八咫はお払い箱ということか。


「パイ、クーン、ハセヲ!私に忠誠を!!私の為に働くのだ!!」


榊は叫ぶ。…私達の答えなんて、最初から決まっている。


「よう、メイカ!」
「何だ、元気そうじゃない。心配して損した」
「おいおいおい、メイカ、心配してくれたのかよ!!生きててよかったぜ!!」
「いや、うん…生きててよかったけど…」


レイヴンの@homeを出てから、パイはCC社の内情を探る時間が欲しい、と言って去っていった。ハセヲは息抜きの為、シラバス、ガスパーとクエストへ。私は誘われるまま、ここブレグ・エポナのカオスゲート前へとやってきていた。またもや私のインを察知したらしい松に、ショートメールにて会いたいと呼び出されたからだ。松と会うのは月の樹エリアの一件以来。彼は一度意識を失ったものの、ハセヲ達が月の樹エリアを制圧したことによって復帰できたようだ。…まぁ、その後私が意識を失ってしまっていたのだが…松に言ったら大騒ぎしそうだから、内緒にしよう。

あの後、月の樹エリアは封鎖され、ギルドメンバーは大勢退会した。それどころか、この世界を辞めてしまった人もいるという。…あんなことになったのだ、気持ちは分からなくもない。この世界は、所詮ゲーム。ネットを介す人の絆など、儚い。また、七枝会は解散されたようだ。欅には楓が付いているそうだが、他のメンバーの動向は分からない。松は鍛錬を続けると意気込んでいた。


「だからよ、メイカ!俺を扱いてくれねぇか!?お前強いだろ!」
「…レベルが高いだけだってば」
「ま、お前と居る為の口実なんだけどな!」
「ふふ、言っちゃうんだ…気が向いたらね」


思わず笑みを零すと、彼の掌が私の頭を撫でた。…この人は、なんて強いんだろう。そう思った。自分一人で意志を貫き、全てを決めて行動している。私には、出来そうもない。同情かもしれないけれど、彼の力になりたいと思った。私は、もう力を失ってしまったから、出来る事は何でもしたい。松が私を求めてくれるなら、それに応えたい。そんな思いが伝わったのか、彼は眩しいほどの笑顔を私に向けた。

また誘うから、その時は来てくれよな。そう言い残して、松は去っていった。



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