長い夢を見ていた。懐かしい夢だった。


「…おはよ。」
「…遅せぇよ、馬鹿が…っ!!」
「泣いてるの…?」
「泣いてねぇっ!!!」


私が目を覚ましたのは、あの日から一週間以上経ってからの事であった。

あの日、── あの時、あの場所に現れたオーヴァン。彼は自ら、三爪痕の正体は自分である事を明かした。彼の左肩に巣食うAIDAに貫かれた私は、既に一般PCとなっていた為にAIDAへの耐性を失い…いや、完全に失っていたのなら、未帰還者になっていただろうから、多少は残っていたのかもしれない。そうして意識を取り戻すに至った。私が意識を失ってからすぐに亮くんが病院に連絡してくれたようで、私は病院のベッドの上で目を覚ますこととなった。亮くんは毎日少しの時間でもお見舞いに来てくれていたらしく、今日もこうして隣に居てくれた。

私が意識を失っている間に、ハセヲとオーヴァンは決着をつけていた。ロストグラウンド、マグニ・フィ。そこでオーヴァンはハセヲを待ち構えていた。あの始まりの場所で、彼は全てに決着を付けようとした。志乃をPKしたのも、榊にAIDAを与えけしかけたのも、全てはオーヴァンのやったこと。その理由は、ハセヲを強く育てる為。彼は自らの口でそう語ったという。


「オーヴァンはAIDAを…、互いに理解していると言ってた。」
「…オーヴァンはAIDAを使いこなす、碑文使いだったんだね?」
「…ああ、そうだ。」


── 来たれ再誕、コルベニク。

彼はAIDAを左腕に持ちながら、胎内に碑文を宿す碑文使いでもあった。第八相の碑文、“再誕”コルベニク。ただ、オーヴァンの呼び出した碑文は不安定なもので、ハセヲはスケィスをもって退けることが出来た。そして敗北した彼は姿を消した。早すぎた、これは俺の望む死ではないと言い残し…。

こうして私達は、遂に悲願を達成した。志乃をPKした三爪痕を倒すという点では、だ。実際のところ、オーヴァンを倒した今でも、未帰還者は戻ってきていないという。志乃も、揺光も。…薄々気付いていた。三爪痕を倒しても、未帰還者が戻る訳では無いのかもしれないと…。しかし、ハセヲがどんな思いでオーヴァンと戦ったかと考えれば、この結果は残酷すぎるものだった。

私達の闘いは、終わった。結局、私達は誰も救えない。誰も取り戻せない。

── しかし、オーヴァンは、まだあの世界にいる。そしてハセヲに自分を斃せと言う。彼は再び、ハセヲの前に現れるだろう。


「今考えれば、初めてオーヴァンが俺に近付いてきた時も…不自然すぎたよな。」
「オーヴァンは最初から知っていたのね。ハセヲが碑文使いであること…そして目的は分からないけれど、自分を斃す相手だということ」
「最初から俺らを利用するつもりで……」


ハセヲに試練を与えることで、彼を強く育てる。全てがオーヴァンの仕業であると考えれば、最初から彼はそれに執心していた様だった。志乃も、揺光も、そして私も。彼はハセヲに希望を与え、それを奪い取る。そうすることで、更に三爪痕を、自分を憎悪し、大切なものを守りたいと強く願う力に変える。ハセヲを強く育てる為。その為ならオーヴァンは、ハセヲ以外の全てを切り捨て犠牲と変える。そこに情など、ないのだろうか。…彼の心の中など、読みようがない。

滑稽だな、俺は。亮くんはそう呟いた。泣きそうな声だった。それを言うなら、私も同じだ。オーヴァンは私に、上手に育ったと言った。私が力を持ったことを言っているのではない、“ハセヲを絶望させる為の存在として、彼を強く育てる存在として”上手く育ったと、言いたかったのだ。私も、彼にとっては目的を達成する為のひとつの駒でしかないのだろう。

亮くんは、少しあの世界から離れているらしい。疲れた、そう嘆いていた。志乃も私も、オーヴァンも。今は、あの世界に居るのが辛い。


「…志乃の見舞いに行ってきた」
「うん、」
「……相変わらずだった。」
「…ありがと、亮くん」


ハセヲは、皆の為に、戦ってくれた。だが今回はあくまでも三爪痕の真実を垣間見ただけ。失ったものは、戻ってこない。明かされたのは、三爪痕はオーヴァンであったという小さな真実。こうして、ひとつ痛感したのは、私達は、何も知らないという事だった。

最期の瞬間まで、彼と共に。そう決めた私が、彼にどんな言葉をかけ、二人でどのように行動するのかなんて、オーヴァンにはお見通しなんだろう。私はきっとその為に生かされ、彼の傍に置かれた。残酷な役目だった。そしてその役目は、まだ終わっていないようだ。…互いに抱く感情さえも、オーヴァンによって形成されたものだったとしたら。そう考え始めるとキリがない。それでも、私がかける言葉はやはり決まっていた。戦おう。私達は逃げない。オーヴァンから、自分から、全てから。立ち向かい、そして真実を明らかに。


「ハセヲなら、それが出来る。」
「…俺が、…何で。何で俺なんだ」
「それも、明らかになっていない真実のひとつ。…追いかけよう。いつだって、私達は彼の背中を追ってきた、これからもそれは変わらない」
「…自分の事が分かっちゃいねぇのに、他人の事なんて分かりっこないか。」


暗い声をした彼の手を取り、ぎゅっと握りしめる。驚いた顔をした亮くんがこちらを向いた。


「私が一緒に居る。君はひとりじゃないよ」
「…知ってるっつーの。もう、勝手に居なくなんなよな。」
「あはは、居なくなりそうになったら、何度でも引き留めてよ」
「ハッ…上等だ」


こうして、私達は再び世界に足を踏み入れることになった。



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