── ロストグラウンド、ブリューナ・ギデオン。この場所に、榊が逃げ込んでいることを八咫が突き止めた。乗り込むメンバーはハセヲ、パイ…そしてアトリ、私。というのもハセヲは宣言通り私を連れて行くの一点張りであったし、アトリは彼女自身の希望で、榊と再び引き合わせることになったのだ。榊を判りたい。アトリは自分に優しくしてくれた榊を、まだ信じたい気持ちがある。だからきちんと話したいのだと。…この真っ直ぐな気持ちは、榊に届くのだろうか。

螺旋に続く廊下を駆け上がり、塔の最上階。壁に刻まれた三爪痕の傷跡、そこからサインハッキングを行う。ゆるり歩みを進めると荒廃した崖の上、榊はいた。彼は私達の姿を視界に入れるなり、必死にアトリに語りかけた。お前は私を裏切るのだな、お前は求めるばかりで恩を返すことを知らないのだな、と。


「…聞いてください、教えてください、そればかりだ…この恩知らずが!!」
「榊さん…」
「享受するだけ享受して、後ろ足で砂かけやがった!!」


アトリを罵倒する榊の言葉は止まらなかった。それは私でも耳を塞ぎたくなるような酷い言葉の羅列だったが、アトリは逃げることなくその全てを聞き入れ、反論した。今の榊さんの理想が正しいとは思えません。そう、言い切ったのだ。
榊の目的は新世界の創造、だという。ネット世界を掌握し、リアルに干渉していく。それはAIDAの力を利用して、ということだ。その新世界の支配者として、榊は君臨する。それは誰もが蔑まれず、嫌われず、統一された価値観をもつ世界。そんな世界を目指し、今よりもより良くする為に生まれ変わらせる。ただそんな新世界の創造には犠牲が伴うのだという、今回の件然り。…榊はこの世界をより良くしたいという言い訳のもと、結局はその傲慢な思考で世界を支配したいということだ。正直この小さな世界でそんなに大規模なことを語られても、全く脅威には感じないけれど…殺されかけた私が言うことではないかもしれない。榊はアトリに手を差し伸べ、帰ってきなさい、新世界をあげようと言うのだが。アトリはといえば、私の手を取りぎゅっと握って、榊を見据えていた。


「いりません!そんな世界私はいりません!」
「何故だ、アトリ!」
「だって、そんな世界寂しい!誰も喜ばない…」


私はこの世界で頑張りたいんです。そう言ったアトリの声が震えている。…アトリが、現実の世界で周りに受け入れてもらえず辛い思いをしているというのは、私も知ったことだ。そんなアトリは、自らこの世界を選ぶと言った。榊の理想郷は、アトリにとって幸せな世界かもしれないのに。それでもこの世界を選ぶというのは、ハセヲや私がその一因であるのだろうか。…自分から友達になろうと言っておいて、今まで彼女を存在を蔑ろにしていた私でも…彼女の支えになれるのだろうか。私も一緒に頑張るから、隣のアトリにそう告げると、彼女は花が咲いたように笑ったのだった。
アトリに否定された榊は珍しく歯切れが悪くなり、後ずさる。文字通り、崖っぷちである。…しかし、それだけ大きな野望を抱いていた彼がこのまま引き下がる筈もない。


「この榊ともあろうものが…此処まで追い詰められるとは…」
「貴方のPC自体を、消すことも出来るのよ。所詮、貴方はシステムの前ではいちPCに過ぎないのだから」
「いやぁ、パイったら物騒ね。どうやらアンタは終わりのようよ、榊?」


これで万事休すか、と思いきや…榊は後ろ手に何かを取り出した。“榊”は死なない、私はシステムを超越する。そう高らかに宣言した彼は、その取り出したアイテムを自分に使った。途端に苦しみだす榊、黒い斑に飲み込まれていく…あれは、AIDAだ。AIDAをアイテム化し、狙ったPCへと感染させることが出来るのか。そんな手法を使っていただなんて知らなかった…これで天狼や、ボルドーもAIDAの力を手にしたのだろうか。理想をネットに具現してやる。そう吼える榊に、ハセヲが武器を構える。


「メイカ、下がってろ!!」
「う、うん…!」
「やるしかねぇ!!アトリ、パイ!!遅れんなっ!!」



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