「メイカさんはいいなぁ」


メイカさんは何でも持っていていいなぁ。何でも出来ていいなぁ。自分を見てくれる人も、自分を大切にしてくれる人もいていいなぁ。やりたいと思ったことは全部叶えられていいなぁ。私みたいに頑張らなくても、メイカさんはそこに居るだけで、みんながメイカさんに惹かれるの。優しくて、大らかで、強くて、そして華やかで…みんながメイカさんのことが大好きで、私も、そして


「ハセヲさんも、メイカさんのことが大好きで」


いいなぁ、いいなぁ。全部全部うまくいっていいなぁ。頑張って合わせようとしなくても、周りが離れていかなくていいなぁ。いらない子だって言われなくていいなぁ。私は一生懸命やってもダメ、頑張っても頑張っても、誰も私を褒めてくれない。認めてくれない。誰も私を見てくれない。どうしてメイカさんはみんなに見てもらえるの?私もメイカさんみたいに、みんなに愛されていたかった。メイカさんみたいになりたかった。違う、私は、


「メイカさんになりたいの」


── 浮上した意識。ぼんやりとした視界で、目の前にはアトリ…と思しき影のようなもの。相変わらずの真っ白な空間、私は床に仰向けで倒れていた。私の身体に、影が馬乗りになっている。身動きが取れない。影は私の両腕を押さえ顔を近付け、眼前すれすれで、途切れることなく私を羨む言葉を叫んでいる。その勢いは後一歩で私の喉元に噛み付くのではないかと錯覚させるほど。

頭の上、見上げるとそこに榊が立っていることに気付いた。気分はどうかな、などと聞かれるので最悪だと応える。私を押さえ込みひたすらに叫び続けるこの影は、アトリの本来の姿なのだと榊は語る。恐らく、アトリはAIDAの干渉を受けているのだろう。ならばこの影と対話を……いや、無理そうだ。妙に冷静に、そう思っていた。


「アンタ、…アトリに何をしたの。」
「敢えて言葉にするのなら“全て”…アトリが望むもの、得られなかったもの…そしてこの力、私が全て与えてやったのだ。」
「…その結果がこれ?呆れてモノも言えないわ」
「いいや、未だだ。」


榊が与えた力、というのは勿論AIDAのことだろう。アトリにAIDAを与えた。アトリにAIDAを感染させたのは、榊。榊によって感染させられ、AIDAに取り込まれたアトリは心の隙、負の感情を増幅し…その膨大なエネルギーを持て余てし、こうして暴走している。

アトリは、現実世界で自分が他者から蔑ろに扱われていることに多大な劣等感を抱いているようだった。自分の存在価値を見失うほどの重圧。それを払拭したのは、この世界の榊という人物だった。現実世界では、皆がアトリを無碍にする。しかしこの世界では、榊がアトリを救った。その存在を肯定した。認めた。大丈夫だ、お前は無価値ではないと言い聞かせた。お前が傷付くことなどないと頭を撫でた。榊さんと呼ばれれば、アトリと名を呼んだ。だからこそアトリは榊を盲信した。全てを、叶えたから。


「お前を傷付ける者など、破壊すればいいんだ。」
「榊さん、榊さん榊さん榊さん榊さん榊さん榊さん榊さん榊さん榊さん榊さん榊さん榊さんっ!!!!!」
「さぁ、お前のしたいようにしてご覧、アトリ。」


狂ったように榊の名を呼ぶ影、アトリの心の奥底に眠っていた欲望が具現化した物体。影は大きく呼吸を荒げて、力任せに私の両腕を引き千切り、その腕に齧り付いた。嚥下し、また齧り付き、そうしてすっかり私の両腕を食べてしまった。現実味のない、嘘の様な地獄の光景。碑文使いPCは、PCとプレイヤーの精神が深く結び付いている。例外なく、両腕をもがれた私のPCはプレイヤーである私の精神へとその激痛を伝達し、私は実際に両腕をもがれたその痛みを体感し声にならない叫びを上げた。あまりの痛みに、呼吸を忘れる。噛みしめた奥歯が割れそうだ。

ああ、殺される。そう思った。


「メイカさんの全部、私にちょうだい!!!!!!!!!」


── 私は普通だ。現実世界でも、この世界でも。特別何かが出来るわけでもない。魅力的な何かを持ち合わせているわけでもない。小さい頃から大好きな幼馴染が隣に居て、学生生活では何人かの気の置けない友達と出会い、遊びまわったり。一人暮らしをして、バイトして、たまに親と電話したり。…何も珍しいことのない、平凡な日常。それを誰かに羨まれたことなんて、今までなかった。誰かに欲しがられるようなものなんてないのに。だけど、当たり前すぎて何も無いと思っていた私は、彼女からしてみたら全てを持っていた。恵まれていた。私の日常は、彼女に羨まれるものだった。大切なものを失ったと嘆いてばかりでそれに気付けなかった私は、どれだけ傲慢だっただろう。痛みに意識が遠のく中、閉じかけた瞼の裏に彼の姿が映った気がした。



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