ハセヲの鋭い一撃が松を貫き、倒れた松は大きな声で笑いながら、床に寝転がった。私は力の抜けた身体で彼に近寄り、傍にぺたりと座り込む。松は悔しそうに眉を顰め、それでも笑っていた。俺とハセヲじゃ覚悟が、背負ってるモンが違うわ、松はそう呟いて私の頬へ手を伸ばす。ハセヲも此方に歩み寄り、彼の顔を見下ろした。


「…なんで大剣を使わなかった。」
「さぁ、…なんでかな」


放り出された銃剣。…彼は最後までメインウェポンを使わなかった。俺なりのケジメ、松はそう言った。月の樹に入るときに、大剣を封印した松…その筋を通したといったところだろうか。泣くんじゃねぇよ。松の掌が私の頬を包み、撫でた。…ああ、私は泣いている。AIDAサーバーに似ているこの場所で倒れるということはつまり、消滅してしまうということになる。こうなることが分かっていて、彼は此処に居たのだ。自分かハセヲが此処で倒れる。そうしてでも、松は榊の為に…。泣いている私の視界の中で、彼のPCもまた光の粒となり、消えていく。


「…だから、言わせろって…言ったのに、よ」
「…聞かないわよ、絶対に」
「く、…頑固な女だな、全く」


好きだぜ。…聞かないといったのに、彼は自分の言いたいことだけ言って、私達の前から消え去ってしまった ── 。





「愛するということは、目を閉じてしまうことじゃない。耳を塞いでしまうことじゃない」


愛するということは、一緒に歩いていくということ。目を開き、耳を澄まし、互いを図り、共に最善の道を探していくこと。倒れた柊にそう言ったエンデュランスの言葉が、何故か私の胸にも刺さる。

先に進んだ私達の前に、またも七枝会、榊派の柊、そして槐が立ちはだかった。榊を守ると言い戦いを挑んできた二人は、AIDAによる感情増幅の為かその挙動はまともではなく、戦闘も滅茶苦茶だった。冷静に対処したハセヲ達は、彼らを難なく下し…彼らはその姿を消した。榊様を止めてあげて。柊はそう言い残した。…やはり隊員達は皆、榊を守りたいという反面、榊を止めたいと願っていたのだった。


メイカさん。


気が付くと、私はいつの間にか真っ白な空間に立っていた。慌てて周囲を見回すも、一緒に居た筈のハセヲ、エンデュランス、クーン、そして楢の姿もない。床も壁も真っ白で、私は立っているのか浮いているのか、この空間がどこまで続いているのかも分からなかった。何処からか響いてくるアトリの声。導かれるように、私はこの真っ白な空間を闇雲に進み始めた。


私、頑張ったよ。


アトリは泣きそうな声で私に語り掛けている。一生懸命アトリの名を呼んでも、私の声は空間にただ吸い込まれて…彼女の返事はない。走っても走っても空間の終わりはなく、焦りに塗れた私は彼女の姿を探し必死に走るしかなかった。


一生懸命、頑張ったんだよ。


ピアスホールを開けたの。ブランドのお洋服を買ったの。


友達がね、そんな野暮ったい格好の子と歩きたくないって言うから。


でも、お父さんもお母さんも怒るの。


女の子は目立たないくらいのほうがいいって。


チャラチャラした格好は許さないって。


私は、足を止めてアトリの名を呼んだ。やはり返事はない。今聞かされているのは、アトリの現実世界の出来事なのだろうか。泣きそうな声で、語り続けるアトリ。今まで彼女のこういった身の上話は、本人の口から聞いたことはなかった。悩んでいるのなら、話してほしかった、けれど…こんな形で聞くのは違う。改めて周囲を見直しても、自分は今何処に居るのか分からない、彼女が何処に居るのかも…全く掴めない。間違いないのは、アトリが私を呼んでいるということだ。だから、私は彼女の元に辿り着かなければいけない。


「 ── ようこそ、メイカ君。待っていたよ。」



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