八咫による調査の結果、三爪痕の傷跡からサインハッキングを行うことで閉鎖されている月の樹エリアに辿り着ける事が判明した。これは前回のAIDAサーバーで此方側がオペレーションフォルダに侵入した方法と全く同じだ。やはり三爪痕の傷跡はイレギュラーな転送装置として利用できる、成長したAIDAでもこの隙は解消出来なかったようで。サインハッキングを行う為にパイ、八咫はサポートに回ることとなり、実行メンバーはハセヲ、クーン、エンデュランスが編成された。…私に出来る事は、


「メイカ、…行くぞ。」
「ハセヲ…」
「何を言っているの!?メイカは此処に残りなさい、貴女はAIDAの格好の獲物なのよ!」
「それでも、」


メイカは連れていく。ハセヲは強い口調で言い切った。パイは声を荒げる。クーン、エンデュランスの心配そうな視線が私を見遣る。八咫を振り返ると、彼は静かに頷いた。


「…私、行くわ。ハセヲと、アトリの元へ」
「メイカ、貴女…!!」
「呼んでるのよ。…アトリがずっと、私を呼んでる」


メイカさん。先ほどから頭の中で、度々アトリが私を呼ぶ声が響いていた。私とアトリは同じ憑神、イニス因子を有する碑文使い。私達だけに通ずる何かがあるのかもしれない。そしてその呼びかけは、段々と悲痛なものになってきている気がする。アトリが私を呼んでいる。迎えに行ってあげないといけない。ハセヲは私の腕を掴み、強く引いた。そしてパイの静止を振り切り、そのままレイヴンの@homeを後にしたのだった。

ロストグラウンド、シフ・ベルグ。その床に残された三爪痕の傷跡からサインハッキングを行い、私達は月の樹エリアへ侵入することに成功した。真っ先に目に飛び込んできたのは、月の樹の隊員達が互いに争う姿だった。まさに地獄絵図、楓がそう言っていた意味がよく分かった。私達がやるべきことは、アトリを救い出すこと、榊を抑えること、AIDAを駆除することだ。そしてそれは恐らく一つに纏まっている。

AIDAサーバー特有のプレイヤーの感情増幅の為か、私達に襲い掛かってくる隊員達。これの鎮圧は私でも対応することが出来た。ここにきて一般PCとの多大なレベル差が漸く役に立ったというところだ…。斬り伏せた隊員達の姿は、光の粒となって蒸発するように消えていく。以前のAIDAサーバーでは、PKされたプレイヤーはAIDAサーバーが消滅するまで意識を失った状態だった。今、月の樹エリアはAIDAが支配している…私達が倒したPCは、皆意識を失っているのだろうか、まさか未帰還者になったりなんて…。負の感情を振り払い、途中で合流した楢に道を先導してもらいながら玉座の間、榊の元へと走る。


「よぉメイカ、来ると思ったぜ」
「松…!?」
「…テメェ、正気かよ」
「当然だろ、他の奴らと一緒にすんなっての」


…私達の行方を阻んだのは、松だった。銃剣を肩に担ぎ、私達を見遣る。彼の姿を見て、無事でよかったとほっとしたのも束の間、ハセヲは武器を構えた。戦うのだ。松は、私達をこの先に進ませない為に、此処に居るのだ。それも、自分の意志で。
この先は、更なる地獄が待っている。最早欅派も榊派もない。彼はそう言った。彼の居場所であるこのギルド、月の樹を無茶苦茶にしたのは誰かということくらい、勿論彼は分かっている。それでも、ただ闇雲にこの世界を彷徨っていた松を拾い上げてくれたのは、榊だ。その事実は変わらない。恩があるから、榊を支えたいのだと…そうして松は此処に立っている。私達の敵として。私の顔を見た松はバツが悪いといった様子で視線を揺らし、私へと言葉を紡ぐ。


「連絡くれてただろ。返せなくて悪かった」
「…心配したのよ、馬鹿」
「久しぶりの再会が、こんなんになっちまったな。…なぁ、」
「嫌、何も聞きたくない」
「…そう言ってくれるなよ。」


これが最後かもしれないだろ。松の言葉に、私の喉が鳴った。


「…ざけんな!俺達は先に行く!!そこ退きやがれ!」
「おいおい、空気読めよな。俺が一世一代の告白しようって時によ…」
「うるせぇ!!ンなの誰がさせるか!!」
「ったく…、俺ァ、馬鹿だからよ。タダじゃ通さねぇさ。判ってんだろ?」
「この…馬鹿正直が!」
「っはは、ホメ言葉をありがとよ!…さぁ、やろうぜハセヲ!!」



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