私は再びイ・ブラセルへと足を遊ぶことになった。今日は碧聖宮宮皇・我らがハセヲチームの戴冠式。壇上に登るのはハセヲ、クーン、そしてエンデュランス。ハセヲの視線が私を見遣る、それに気付いてウインクを返すと、…彼は見るからに照れていた。会場の途切れることの無い拍手が、彼らを称えている。嗚呼、なんて誇らしい事だろう。

久し振りに訪れたこの場所で、無意識に彼の姿を探していた。…松だ。月の樹の応援の為とはいえ試合を観戦していたし、ハセヲの戴冠式なら彼も顔を出すかと思っていたのだが、その予想は外れたようだ。あまり自由に行動出来なかった手前、彼との連絡はほぼメールか、現実世界で電話をするくらいに限られていた。此処で顔を合わせられるかと思ったのだが…そういえばアトリも来ていない。月の樹の仕事があると言っていたし、二人とも忙しいのだろうか。辺りを見回していると、ふと天狼の姿が目に入った。天狼も私を見付けると、少しだけ眉を顰めて此方を見る。何となく彼の元へと歩みを進め、会釈をすると彼は口を開いた。


「…お前がメイカか、…話には聞いている。直接ではないが、今回の件、お前も動いてくれていたんだろう」
「いえ、…私は何も。」
「そんなことは無い。お前が居なければ、彼らは戦えていなかったんじゃないか」


礼を言う。そうして彼は深く私に頭を下げた。…これが、この世界の皆が知る、格式高い本来の彼の姿だった。私の事は、ハセヲから聞いていたらしい。アリーナの試合後の事だ。天狼は自分を支えてくれる揺光という存在を捨て、己が恐怖から身勝手な力を受け入れた。“俺なら絶対にそんな事はしない、俺の身にどんな事が起きようと、仲間と、そしてメイカと一緒なら乗り越えられる。”…ハセヲは、天狼にそう言い切ったらしい。何故か顔から火が出そうだった。そして、エンデュランスも。エンデュランスがあの戦いに参戦したのは、私とハセヲがいたから。そう言ったらしい。…彼らがそう言ってくれるなら、私は彼らの力の一部になれていたのかもしれない。揺光を頼む。そう懇願する天狼と、握手を交わした。


── メイカさん。


ふと、頭の中にアトリの声が響いた。振り返るも、特にその姿は見当たらない。おかしいな。前回、オーヴァンの差し金で彼女と言い争いになってしまった事を思い出しながら、私はテラスに向かった。


「あら、…先客。」
「!!…あ、メイカ、か。」
「何よ、そんな驚いた顔して。少し疲れちゃった?ハセヲ。」
「…まぁな。」


テラスには呆けた顔のハセヲが居た。首を傾げると、彼は、今そこにアトリが居たような気がして…と言った。その言葉に、鳥肌が立った。私も先程、アトリに呼ばれた気がしたの。そう告げるとハセヲは怪訝そうな表情をした。何か嫌な予感がする。…そんな所に、パイ、クーン、そして月の樹の楓が慌てた様子でやってきたものだから、思わず頭を抱えたくなった。
楓が言うには、榊が欅を裏切り、月の樹の本部を乗っ取ったという。以前パイから教えてもらった榊派欅派の話、BBSなどでまことしやかに囁かれていた“榊はいつかクーデターを起こす”という噂も見ていたが…それが今現実のものとなったようだ。アトリや松が此処に顔を出していなかったのも、きっとこの件に関わっているからだろう。二人は完全なる榊派だ。裏切られたという欅については、現在PKされ、行方不明だそうだ。ギルド内の揉め事ならギルド内で解決しろ、そう言い放つハセヲ。だがパイは、八咫から月の樹エリアにて強いAIDA反応がある事を聞いていた。…榊のクーデターに、AIDAが絡んでいるということは明白だった。そして、欅をPKしたのは、なんと…アトリだというのだ。


「悪夢のようでした…、黒い斑点が皆を襲い、互いに戦い始めたのです…」
「AIDAの感情増幅ね…」
「欅をPKしたのがアトリなら、…まさかアトリが感染したのか?」


楓は口を噤む。この場で話していても、何も分からないし事態は好転しない。もしもアトリがAIDAに感染したというのなら、助けに行かなくては。私達は碑文使い候補を失う訳にはいかない、…いや、もう二度と誰も失いたくない。

全員でイ・ブラセルを離脱しマク・アヌへと戻る。月の樹エリアに向かうメンバーとしてハセヲ、パイ、クーンが選出された。カオスゲートから彼ら三人を見送る為に着いてきたものの、結局カオスゲートから月の樹エリアには転送出来なかった。どうやら今回のAIDAは人を選別してエリアに閉じ込める力を有しており、現在の月の樹エリアは小規模なAIDAサーバーと化している様だ。AIDA自身がファイアウォールとなり、プレイヤー選別をし、今回でいえばハセヲ達碑文使いのエリアへの侵入を拒んでいるということ。

AIDAは今までも様々な手段で碑文に干渉してきた。時にはパイに取り憑き碑文を暴走させ、時にはエンデュランスに寄り添い人々を観察し、時にはアトリから碑文を吸収して活性化した。AIDAは確実に碑文に興味を持っている、そして碑文を欲しがっている。ハセヲ達の活躍により取り戻されたイニス因子だが、この時AIDAは、開眼していない碑文使いは自身への耐性を持たない…と学習した筈だ。私やアトリは格好の獲物。そしてAIDAが碑文をもう一度手に入れたいと思ったら、常に碑文使いと行動し、更に碑文データ所持容量の少ない私よりも、無防備なアトリを狙うのは効率がいいという訳だ。

ハセヲはパイに問い詰められ、以前AIDAサーバーで入手したO-van01というプログラムデータを渋々提供した。これを解析し、AIDAサーバーへのハッキングを仕掛けることとなった。八咫が手筈を整えるまで各自待機を命じられ、その間念には念をと私にハセヲが付き添ってくれた。

中央広場に移動し、二人並んで腰掛ける。周囲のPC達も、内部事情は分からないながらも既に月の樹の件を噂していた。ハセヲはアトリに、私は松にショートメール、ウィスパーをするも、応答は無かった。ハセヲに断りを入れて少しM2Dを外し、携帯から真悟の名前を探し出し電話をした。そのコール音は、まるで途切れることを知らない。…静かにM2Dを被り直すと、隣のハセヲは私の肩に頭を乗せ凭れていた。ハセヲがイライラしているときの、スキンシップ。…何だか久々な気がして、少し恥ずかしかった。触れ合うことで、この不安を少しでも解消できたら…。


メイカさん、──


アトリの声が、脳裏に響く。



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