AIDAは姿を消した。ハセヲの活躍により、AIDAからはイニスの碑文がデータドレインで抽出された。これをアトリの体内に戻すことにより、恐らくアトリの容態は回復する。宿り主のいないイニス因子をパイが上手く誘導し、アトリの体内へと導く作業へと移る。パイには貴女の体内に入れてみましょうか、と冗談を言われた。…私は首を横に振った。

画面上、倒れた天狼を見つめるハセヲチーム…突然困惑した様子が映し出されている。バトルは終わっている筈なのに、何故狼狽えているのだろうかと画面に目を凝らしてみれば、ハセヲの近くを浮遊する蒼い光が見て取れた。あれは、いつか三爪痕と対峙した時に見た光、三爪痕を導く光だ。その光は、倒れた天狼の傍らに茫然と立ち竦む羽根男と裸男の背後へ回り、…一瞬のことではあるが、光の内より羽根男と裸男がもう一人ずつ現れ、今まで戦っていた“自分達”に剣を突き立てたのだ。攻撃を受けた彼らは不死身の肉体であった筈なのに、その一撃で黒い泡となり蒸発するように消えていった。つまり、最初天狼の傍らに控えていた羽根男と裸男は、AIDAによるイニス因子の悪用、彼らを模造していた。本来の彼ら…私達がAIDAサーバーで会った彼らは今現れた二人だということ。彼らはAIDAに剣を向けた、やはり彼らはAIDAと敵対している。…だとしたら、どうして志乃を手に掛けたのだろう。

パイは作業を終え、アトリの体内にイニス因子が無事戻されたようだ。私は試合を終えたハセヲ達を出迎える序でにアトリの様子を見に行くとレイヴンの@homeを出た。アリーナ入り口へ向かうと、既に彼らはカウンターの前に居た。私に気付いたハセヲ、彼に手を振り駆け寄る。その隣にはエンデュランスが嬉しそうに両手を広げて待っていた、…ハセヲの視線を感じながらとりあえずその腕に納まり、よしよしと背を撫でておいた。

天狼がどうしてAIDAにつけこまれたのかと言えば、彼はやはり恐れていたのだ、王座を奪われる事を。永遠の王などいない。その恐怖こそがAIDAのつけ入る隙だった。全てを圧倒する絶対的な力が欲しかった、…そして彼はAIDAを受け入れてしまった。依存してしまった。だがその力は、揺光を犠牲に成り立っていたものだ。彼の求めた力によって、彼女は ── その事実を知った天狼は、不甲斐ない自分を悔い大きな雄叫びを上げ崩れ落ちた。そうハセヲ達から聞いた。

“惑乱の蜃気楼”、イニス。それがアトリの、そして私の持つモルガナ因子だ。AIDAは取り込んでいたイニス因子の特性を利用し、その蜃気楼が作り出した幻をメンバーとしアリーナ戦に出てきた。AIDAが碑文の力を利用していた、…なんて恐ろしいことだろう。そして突然本来の彼らが現れ、その幻を消し去った。碑文使い以外にAIDAを駆除できるなんて、彼らは一体どんな存在なのだ。AIDAサーバーで会った時も三爪痕と一緒だった。彼らは三爪痕の仲間の筈だ。AIDAと三爪痕は敵対している、そして私達もAIDAと敵対している…ならば私達は三爪痕と共闘すべきではないのか?何故三爪痕は私達を襲ってきた?


「…俺達、何か勘違いしているんじゃねぇか?」
「…勘違い、…何を?」
「いや、分かんねぇけど…」


原因は不明。だがこの場に居る全員が、謎の違和感に支配されていた…。

暫くして、アトリがやってきた。罅の入っていた手はすっかり治り、体調は無事回復したようだった。一先ず安心、と表情を緩めたのも束の間、アトリの背後から顔を出したのは、榊。


「何しに来た」
「一言礼を、と思っただけだ。アトリを治してくれてありがとう。」
「…アンタに感謝される筋合い無いわよ」
「フ、…君は何もしていないだろう。メイカ君」
「…メイカを悪く言うなら、ボクが相手になるよ。」


一層私を抱き締めたエンデュランスが低い声でそう言い、榊を睨んだ。榊はそれを鼻で笑い、背を向けて去っていく。アトリも月の樹の仕事があるからと、その背を追った。そうして気持ちはスッキリしないまま、この事態は一区切りを置いたのだった。



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