パイに腕引かれやってきたのは熱狂渦巻く観客席ではなく、レイヴンの@homeだった。知識の蛇には八咫の姿。モニターは全面に闘技場のバトルフィールドを映し出している。ハセヲ、クーン、エンデュランス…天狼、そして後ろに控える二人。あれは以前揺光も言っていたツギハギの羽根男と裸男、AIDAサーバーで私達が出会った、あの二人だった。感染者である天狼に付き従う二人、まるで協力者…AIDAと三爪痕は敵対関係にあるという読みは外れたということか。しかし、AIDAサーバーにてAIDAを攻撃していたあの時の二人とは、どこか様子も違う気がした…。負けられないわよ。画面一杯に抜かれたハセヲの真剣な表情を見て、パイは呟く。…いや、私達はいつだって負けられる戦いをしていない。

トーナメント宮皇戦、VS天狼“餓狼”。今回のハセヲチームは、考えあってのことではないが後衛を抜いた攻撃的な布陣で挑む。対する天狼側も後衛を据えない布陣であったから、結果オーライだったのかもしれない。“あれ”を奪いに来たんだな、“あれ”はオレのだ。いつかタウンで見かけた天狼が口走っていた言葉、まるで変わらない口調で同じ事を繰り返し吠え、ハセヲ達を威嚇する天狼。これでは対話は無理だ。エンデュランスの時と同じように、AIDAに取り憑かれたPCは自身の一番の恐怖、願望、そういった想いを極端に増幅される。どういうわけか人の強い情念に惹かれるAIDAは、その人物の理性を喪失させるほどに思考を暴走させるのだ。エンデュランスの場合は愛するミア、天狼の場合は…宮皇の座…?
戦闘が始まると、前衛六人の激しい打ち合いが繰り広げられた。八咫は天狼側の二人に違和感を抱き、解析を始めた。パイも補佐に入る。ハセヲと天狼は互いをマークし合い、クーンとエンデュランスはハセヲの補助をする為隣の二人に斬りかかっていく…のだが、画面越しですら分かる程に、どうも彼らの表情は動揺しているように見える。私も違和感の正体を必死に探した。攻撃を受けている筈の羽根男と裸男は何事も無かったかのようにクーンとエンデュランスに応戦している。彼らの攻撃をもろともせず、掴みどころが無い動き。パラメータ異常とも違う、まるで、


「蜃気楼…?」
「どうやら正解のようよ、メイカ」
「え、」


私がそう零すのと同時に八咫のモニター解析が終了し、パイは対戦中のハセヲ達へと音声を強制的に繋げる。解析の結果、羽根男と裸男はPCIDが確認出来ず、PCとしての実体がない幻であることが分かった。簡単に言うと、彼らには攻撃を受けることによるHPの増減は認められない、…不死身だったのだ。だがアリーナ戦では、リーダーさえ倒せば勝利出来る。つまりハセヲチームの勝ち筋はたった一つに絞られた。三人は一斉に天狼に狙いを定める…すると、その動きを悟った天狼は雄叫びを上げ、その身を黒い、黒いものに包んだ。天狼に憑いたAIDAが遂にその姿を現そうとしている。

やけに聞き覚えのある鳴き声が、響いた。


「呼んでる、」
「…メイカ?」
「…あれは、」


あれは、あの時、私を呼んだ、AIDAだ。

空間を泳ぐ、魚の姿。忘れられない、あの光景が瞼の裏に蘇った。ゆっくり、ゆっくりとアトリの体が倒れていく ── あれが、あれこそが私達に語り掛け…アトリから碑文を奪ったAIDAだ。もしやとは思っていた、しかし実際に起こった驚愕の展開にがくり、体勢を崩し床に膝を付いた私をパイが支えてくれる。大丈夫よ、ハセヲなら…彼を信じなさい。パイの言葉で我に返る。ハセヲは既にスケィスを呼び出し、鎌を構えたスケィスはAIDAに向かっていった。アトリの奪われた碑文も、天狼も…きっと、彼が取り戻してくれる。私は祈った。



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