倒れる朔望、思わず駆け寄り小さな身体を受け止める。意識を浮上させたその身体、私達の呼びかけには朔ではなく望が答えた。朔は疲れて眠ってしまったのだという。ひとまず、二人とも無事だったようで安心した。
エンデュランスを助けてあげて、望が縋るような声でそう言った。背後の水晶体に視線を向けると、それを取り巻いていた鎖は解き放たれていく。やはりエンデュランスを拘束していたのは朔の意志だった、ということなのか。ハセヲは水晶体に包まれたまま微動だにしないエンデュランスに向かって語りかける。起きろよ、聞こえてるんだろ。すると、存外簡単に彼は返事をした。


「放っておいてくれ…何もかも失った、ボクには目覚める理由がない」
「…そういう訳にもいかねぇ、揺光のご指名だ。」
「ボクは彼女を介して世界と関わっていた、もう彼女は居ない…」
「彼女って、…猫のこと?」


ミアは一度いなくなったけど戻ってきた。その言葉で漸く私達は理解した。どうしてエンデュランスはあそこまでAIDAに心酔し、失ったことで抜け殻のようになってしまったのか、不思議ではあったのだ。エンデュランスが唯一自分の傍に置いていた猫、AIDA。エンデュランスは一度本来のミアを失っていた、その心の隙をAIDAが狙った。愛すべき存在に成り代わり、彼を操っていたのだ。彼には彼女しかいなかった、だから彼女に精一杯尽くした。もう二度と失わないように、ずっと好きでいてもらう為に。…だがそれはAIDAなのだ。偽りの存在。本当の彼女は、もう居ない。その事実を受け止められないほどに、彼は彼女を愛していた。
ボクを必要とする人は居なくなった、AIDAも何もボクには関係ない。今は彼女のことだけ考えていたい。頑なに閉じたままの彼の心に、ハセヲは語りかけた。彼女しかいなかったじゃない、彼女以外否定していただけだと。私も続けた、私達も狭い世界で生きていた、でも今はこんなにも世界は広いと知った。それは、支えてくれる仲間のお陰なのだと。
もっと早く、出会って居たかった。そうしたら、その悲しみに寄り添ってあげられたのに。一人になんてしなかったのに。私達にも、…愛する人が居るから、きっとエンデュランスを支えてあげられた筈だ。そしてそれは今からでも遅くない。


「ねぇ、エンデュランス。届かないかもしれないけれど、勝手に伝えさせて?」
「俺達には、…お前が必要だ。」
「だから、態々此処まで来たのよ。その気持ちは汲んでほしい」


照れ臭かったのか、ハセヲは直ぐに踵を返した。後は自分で選べよ、アリーナで待ってる。そう言い残して。
私達の言葉に驚愕したのか、エンデュランスは押し黙ってしまった。信じてる、想いを込めてひらりと手を振った。彼を縛めているのは最早AIDAではなくて、自分自身だ。

その後、パイから呼び出された私達。何でも揺光のことで話があるらしい。調査に進展があったのだろうか。レイヴンの@home、待っていたのはパイだけだ。そういえばハセヲは八咫ともめたあの日から、彼と顔を合わせていないんじゃないだろうか。八咫は八咫なりに、ハセヲを気遣っているのだろう…。
顔を合わせたパイの第一声は、AIDAPCが増加しているといことだった。そして感染者もまた危険であることが判明したという。なんと、碧聖宮トーナメント開催中、天狼に倒されたPCが未帰還者になったのだ。つまりAIDAにPKされること、イコール感染者にPKされること。今まで感染者からの犠牲者は出ていなかったのに、…AIDAが力をつけてきているのかもしれない。…そして追い討ちをかけるように、トーナメント決勝戦、ハセヲの対戦相手が感染者であることが告げられる。


「彼らにPKされたPCからもまた、未帰還者が出たの。」
「…次、アトリは出せないな。」
「ええ…憑神を持つPCでなくては危険よ」


今現在一般PCであるアトリは、PKされたら…パイは自分を誘えとハセヲに言うのだが、それは最善策であることは間違いない。しかし、それではアトリの想いは果たされない…。そんな顔を二人してしていたのか、お嬢さんの気持ちを大事にすることは大切だけど、みすみす危険に晒すことは出来ないと諭された。
結局次の試合はハセヲ、パイの二人で挑むということで話が纏まった。あと一人は、勿論エンデュランスの為に空けておく。来るとは思えないけれど、そうぼやくパイ。それでも私達は信じていた。彼は必ず来ると。



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