シラバス、ガスパーと共にジョブエクステンドイベントをこなしてきたハセヲ。その姿は遂に3rdフォーム、これが正真正銘の最終強化。当初の姿に戻ったハセヲは嬉々として大鎌を振り回す。刺々しい黒の鎧はまるで悪魔、死神…そういったものを連想させる。彼が“死の恐怖”そのものを体現しているようだ。


「知ってたんだろ、メイカ」
「?…今回のジョブエクステンドイベが、一人じゃ攻略できない仕組みだったこと?」
「……知ってんなら先に言えよ、ったく」
「あはは、それじゃ面白くないじゃない」


ぶつぶつ、文句を垂れるハセヲ。今回のイベント攻略法、それは正しく“仲間との絆”であった。獣人像までスリーマンセルで到達することが絶対条件、それを見事ハセヲはやってのけた。シラバス、ガスパー…彼らとの絆で。

事前にもらっていたシラバスからのメール、それは今回のこのイベントには自分とガスパーとでハセヲに協力したいという申し出だったのだ。私達は、自らこんな事を引き受けてくれるような、確かな絆を作ることが出来る友達に出会ったのだと実感した。…まぁ、同時に私は、一番に彼の近くに居る自分、というものへの自信をすっかり喪失してしまったのだが…それは置いておくとして。

ハセヲに連れられ、とあるエリア、三爪痕の傷跡からアクセスしやってきたのはロストグラウンド ── エルド・スレイカ。朽ちた都、反転した世界…不思議な空間であった。ハセヲはある人物に呼び出され、この場所を知ったらしい。その人物とは、月の樹、隊長格である楢だった。月の樹に呼び出された一件で一度、顔を合わせただけの彼が、何故ハセヲをこのような人目の付かない場所に呼び出したのか。ハセヲに、それ程までに伝えたい事があったというのか。


「アイツ、アトリの…原因が、AIDAであることを知ってた」
「…榊といい、…どうしてかしらね」
「さぁな。二回戦は月の樹の、柊だとよ」


月の樹、五番隊隊長の柊。楢は、身内である柊の情報をハセヲに与えたという。柊の使う武器の属性、それに耐性のつく装備をハセヲに渡し、それで彼を攻略しろと言ったのだ。以前パイから聞いた、月の樹は二つの派閥に大きく割れているという話を思い出す。柊は松と同じ、熱狂的な榊派…ということは、楢は欅派で、柊を貶めたいということだろうか?それとも楢の言うことは全くのデタラメで、ハセヲを陥れるつもりなのか?…幾ら考えたところで憶測の域を出ず、楢の目的は、不明なままだ。

トーナメント二回戦、VS柊“艶色恋慕情チーム”。相も変わらず解説者席には大火の姿。今日もパイと共にアリーナ戦を観戦しに来た私は、とても疲れていた。レイヴンで行われている私の憑神開眼実験は、未だに一ミリたりとて成果も上げることを出来ずにいる。そもそもモルガナ因子を有するプレイヤーでさえ、開眼にあれだけの時間とシチュエーションが必要だったのだから、そこで私が簡単に開眼出来たらおかしな話なのだが。それにしても、やはりというかこのモルガナ因子、人の制御など受けないのだろうか。アリーナ最上階、二人並んで手摺りに凭れ、重い溜め息をついた。


「妖扇士。…楢の言っていた通りじゃない」
「楢?…貴女、月の樹に接触したの?」
「私じゃなくて、ハセヲがね。此方からじゃないわよ」


パイの眉間に皺を刻んでしまった。

流石は七枝会の一角、といったところか。柊の対人戦闘技術は高い、そして完璧にハセヲのみをマークしている。ハセヲが敵に反撃アーツを構える度、柊からハセヲに反撃を撃たれるものだからたまったものではない。アーツ打てない苛立ちでハセヲは唸り、大鎌を振り回して応戦している。とはいえ、そんな状況でも彼らの攻撃はハセヲの大きな障害とはならず、リーダーである柊のHPゲージはみるみる減少している。…ハセヲは楢を信じ、彼に託された装備を付けて参戦している。そのお陰か、柊の持つ扇…状態異常を付与する武器は対ハセヲにおいて意味を成さず、彼はスムーズに戦えているという訳だ。彼の言うことは、正しかった。

ふと、背後に人の気配を感じた、パイも同時にその存在に気付いたようだ。一体いつから其処に居たのか、…パイとの会話を聞かれたかもしれない。振り返ることなく、その存在へと話し掛ける。


「何か用?挨拶もなしに女性の背後に立つもんじゃないわよ」
「これは失礼。諸君の美しい立ち居姿に、少々見惚れてしまってね」
「耳が悪いみたいね、こっちは何か用かって聞いてんだけど?」
「…、メイカ。」


榊。私達を見遣る彼の視線が背に刺さる。彼は馴れ馴れしくも私の隣に並び、同じように手摺りに凭れハセヲと柊の戦いを見下ろした。互いに視線は目の前の戦いへ向けたまま、久方振りに君の姿を見かけたものだから、話しかけたくなっただけだと、榊は呟く。モーリー・バロウにて、アトリを使いハセヲの様子を探っているということを知った手前、ますますいい顔は出来ない。元より嫌悪し合う存在の筈だ、彼と並び立つだけの理由なんて微塵も無い。パイは殺気立つ私を宥め、肩に手を添えてくれた。


「ハセヲ君は随分腕を上げたものだな、以前とは大違いのようだ。」
「…アンタがハセヲを褒めるだなんて、明日は槍でも降るかしら」
「ふ、…これは公式戦。参加者として彼の能力を評価しただけさ。── それに、」


反抗されればされる程、屈服させたくなるというもの。

榊の口から滑り落ちる言葉。驚きのあまり、思わず彼に視線を遣ってしまった。嗚呼。目下、榊の鋭い視線は本来応援する筈の同胞、柊には一切向けられていなかった、その先に居たのは…ハセヲだった。
私が少し目を離した隙に大きな歓声、ハセヲは柊を下し、バトルエリアから姿を消していた。膝を着く柊が此方を見上げている。榊は踵を返し、その場を去っていった。…パイの静止の声が耳に届いてはいるものの、気付けば私はその後ろ姿を追っていた。

私が追ってくるということが分かっていたのか、暫くして彼は足を止めていた。振り返る彼と視線が絡む。今日、漸くのことだ。正直、彼に対して興味は無いが、疑問はある。対峙した私達、口をついて出たのは当然、どうしてそうも知りすぎているのか、何故ハセヲのことを探っているのか、ということだった。榊は以前の私達と同じ、一介のプレイヤーの筈なのに、今の私達と同程度の知識を持っているのは異常だ。


「ハセヲに、…私達に付き纏う理由は?一体、何が狙いなの」
「…知りたいか?」


薄く笑みを浮かべた彼が一歩、また一歩と私に近付いてくる。知りたいわ、そう余裕をもって呟く素振りを見せるが、彼の不気味さが私の足を後ろへと下げさせた。…それよりも早く、彼は私へと距離を詰める。私の目の前へと辿り着いた榊はそのまま腕を伸ばし、その指先はとろりと私の頬に這った。そして、彼の顔が私の耳元へと近付く。


「 ── 征服だよ。」
「っ、…」
「君を従えれば…彼を手中に収めたも同然となるか?」
「…冗談。そのくらいアンタなら、分かるでしょうに」
「フフ…」


君のような賢い女性は好ましく思う。榊の囁く声。彼の指先が私の髪を一房取り、そのまま口付けるような仕草をした。ふざけた様子で、そういえば最近PK活動をしていないそうだな、月の樹の榊はいつでも君を歓迎しよう、私の元へ来る気は無いか、等と下らないことを言う。…彼は最初から私の質問になど、答える気はない、いや会話する気すらないのだ。これ以上関わったところで何の成果もない、弄ぶ様なその行動に飽きれた私はすぐさま、ログアウトした。



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