トーナメント一回戦、VS“朱桜”。解説は伝説のアリーナチャンピオン、大火。…って、道理でどこかで聞いたことのある名だと思っていたら、彼はそんなに有名な人だったのか。実況席の彼の笑い声が此処まで聞こえてくる…。ところで、なんとこの一回戦ハセヲチームの相手は、前回の碧聖宮トーナメント優勝者だというから驚きだ。初戦からこんなマッチアップで、今回の優勝候補チームと紅魔宮宮皇チームを競わせていいものだろうか。それこそ、ハセヲチームの実力が軽視されているのか。といっても…


「うーん、何の問題もないね」
「そうね、かなり鍛えてきたみたいじゃない、ハセヲ」
「揺光もいるし、それにアトリも腕を上げたよ」


観客席の熱狂に包まれながら、私とパイは優雅に座席に座り腕を組み、試合を眺めていた。戦況はといえば、なんとも圧倒的なハセヲチームの有利だった。元より心配する必要などなかったけれど。彼、変わったわね、…パイが静かに呟いた。それは私も実感していたことだった。アリーナの戦い方を覚えただとか、そういう次元の話ではない。仲間と戦うということを、…仲間を守るということを、着実に理解し始めそれを体現していた。彼が変わったのは、パイを含め彼に関わる全ての人のお陰だと、私は思っている。私と二人の時は、こうはいかなかったのだから。
程なくして、決着。ハセヲチームの勝利にて締めくくられたこの一回戦は解説者の大火にて、守りてぇ女がいる奴は違う、そう言って笑い飛ばされていた。ハセヲはこの観衆の中、私を見つけ出し視線を遣る。彼に微笑み返すと、隣のパイには小さく咳払いをされた。

── 後日、シラバスからメールがあった。定期的に開催される、錬装士限定ジョブエクステンドクエストが解禁されたようだ。ハセヲは現在2ndフォーム、これをクリアすることで以前の見慣れた3rdフォームへと戻ることが出来る。彼は現在双剣、大剣を使うが、3rdフォーム移行に伴い大鎌が使用可能となり、それぞれの武器のアーツを打つ事で戦闘中のスムーズな武器変更も可能になる。間違いなく錬装士の最終強化形態、これを手に入れることでまた戦闘の質は向上する。ただ、このクエストのクリア条件は…

ハセヲのこと、宜しくね。そうシラバスへと返信して、私はメールボックスを閉じた。


「…い!オイ、冥花!!」
「はっ、!…ハセヲ、」
「亮、だろ。何ぼーっとしてんだよ」


向かいの席の椅子を引き、腰掛け不満げに肘をつく青年が一人。まさしくPCハセヲのプレイヤー、三崎亮くん…その人であった。ほぼ毎日電話やメールで連絡を取っているものの、彼はアリーナに掛かりきり、私は行動制限となかなか顔を合わせていなかった。すると彼は、現実の方で時間を作るから会えないか、と言ってくれた。その約束が今日。喫茶店にて彼と待ち合わせていた、先に着いた私はアイスコーヒーを注文しぼうっと外を眺めていたのだが、彼が来た事にも気付かないくらいに意識が何処かへいってしまっていたようだ。店員を呼び付け同じものを、などと言う彼は実に大人びているなと思った。いつの間にそんな事を言う子になったのだろうか。
会う理由なんてのは特になくて、ただ会いたかったからだと彼は言う。亮くんとは現実世界でも幾度も会っている。彼に志乃の入院先を聞かれ、面会に来た亮くんと対面、その時に連絡先を交換して…今に至る。今日はゲームの中の話だけじゃなくて、身の回りの学校生活とか、そういった話をだらだらとしたり、大学の課題の資料を探す為図書館に付き合ってもらったり、ショッピングをしたりと遊びまわった。亮くん、これってデートだよね?彼の照れた顔が見たくて問い掛けるが、当然だろ、と真顔で返されたので私が照れてしまった。
彼と私や志乃の住んでいる場所は、そう近い訳ではない。しかし、繰り返しになるが亮くんは非常にマメな性格をしているので、コンスタントに志乃の病室に通ってくれているようだ。そうして今日も態々此方まで足を運んでくれた。そのお礼にと自分と彼用に生絞りのフルーツジュースを二つ購入し彼に一つ持たせ、二人で公園を歩いていた。それはあまりにも優しくて、静かな空気。…こうしていると、あの世界での殺伐とした空気を忘れてしまうようだった。


「…綺麗だよな、この世界は」
「え?」
「あの世界を、俺は…いや、」


彼が何か言いたげに言葉を紡いでいる。誤魔化す様に、持たされたジュースを吸い上げていた。イチゴジュース。
彼は語る。分かっている、あの世界は綺麗だということ。全てが人の手によって構築されたただの文字列、それでも。目を向けられなくなっているのは自分だ。今の自分には必要ない、この手で救いたい奴がいるのだから。そう思っていたけれど、…お前の傍に居ると全てが綺麗に見えてくる。必要ないと思っていた感情を無意識に抱く。お前が他の誰かを隣に置いて、他の奴がこの景色を見るだなんて考えたくも無い、誰にも譲りたくない。一人になればお前が居ないことに不安を覚える。何処にも行かないと、信じていても。


「もう、冥花が居ない世界なんて考えらんねぇんだよ、な」
「…亮くん」
「あー…、…だから。俺の気持ちは前に言った通りだ」


俺にはメイカだけだ。ハセヲはあの時、そう言った。お前が俺のことをどう思っていようが、俺の特別はお前一人だと、亮くんは真っ直ぐに私を見つめている。亮くんはそれ以上、何も語らなかった。唇をきゅっと結んだままの、私の気持ちを聞き出すでもなく、ただただ見つめていた ── 。



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