メールボックスに、メールが三通。公式からのバージョンアップの通知。八咫からの呼び出し。…そして、アトリからもメールが。現実世界に戻ったアトリは、声が出るようになったのだが、手の甲の位置に痺れを感じるようだった。病院へ行ったようだが、医師にはドール症候群に似ている、と言われたらしい。…原因はAIDAに違いない。メールには片手で操作出来るコントローラーを買った、とまで書いてある。
この子は、アトリはそうまでして、この世界へ居続けるんだ。彼女の身体、きっと医者には治せない。志乃、 ── 私やハセヲがこの世界にいる理由と同じく、アトリのことも、この世界で解決しなくてはいけない。しかし彼女は…怖くは、ないのだろうか。アトリに無理はしないようにと返信を送り、レイヴンの@homeへと向かう。


「なにもなかった」


それが八咫から告げられた言葉だった。AIDAサーバーで過ごした時間はリアルでは数分、世間ではただのネットワークトラブルと認識されていた。確かに当事者以外、真実だと思わないだろう。こんな超常現象が、起こるはずはないのだ。一般常識ならばそう判断されるのが当然。


「だからはい、よかったですねってか?」


ハセヲは苛立ち八咫に噛み付く。テメェの研究ごっこに付き合う義理はないと。確かに、私達の目的はそこでは無い。彼のモルモットになる気はさらさらないのだ。私達が彼に利用されているのだとしたら、それは腹立たしい事ではある。暴言を遮るパイに、こんな奴、偉くもなんともねぇ。ハセヲはそう吐き捨てた。更に八咫は、アトリの原因は承知している、モルガナ因子を取り返せばいいだけだと簡単に言ってのけた。怖い思いを、痛い思いをしているアトリに対してこの言い草。更にそれが確かだとしても、それを実行するのは八咫ではない。私達の苛立ちは募る。


「お偉い八咫サマはどうしてくれるのかって訊いてんだよ、聞こえてんのか!?あぁ!?」


ハセヲは更に激昂する。そしてクーンが遂に口を挟んだ。AIDAの存在を公表してサーバーを閉鎖しよう、そう言ったのだ。このままではAIDAの被害が拡大し、更に多くのプレイヤーがAIDAの被害に合う可能性もある。クローズドサーバーとして、限られた人間のみが原因の追求作業に当たった方がいい。…それでも、


「私、サーバー閉鎖はしてほしくない」
「…俺もメイカと同意見だ」
「二人とも、どうして…!?」


私達の目的は、…言ってしまえばAIDA被害を抑えることではない。あくまでも志乃を救う事なのだ。クローズドにされると、一般PCの私達はこの世界にログイン出来なくなる。全ての真実がある、この世界に。私達にとっては、それが一番困ることだ。
そして、私達は三爪痕を見たのだ。あの時倒した筈の三爪痕、奴からは未帰還者を元に戻す情報を得られなかった。再び奴と見える事があるのならば、今度こそ。その為には、私達はまだこの世界に居なくてはいけないのだ。


「お前達…っ、アトリちゃんがあんな目にあったのに、まだ自分達のことだけ考えてるのか!?」
「自分達のこと?違うね!俺達が考えてるのは志乃のことだ!!志乃を取り戻すためなら、俺は ── 。」
「…ごめんクーン。私達は全てのプレイヤーと親友の、志乃の命を秤にかけられる程、出来た人間じゃないんだよ」


…そうして、私達を糾弾し、クーンは去っていった。

八咫は、オペレーションフォルダで見つけたものは無かったかとハセヲに問い掛けた。そういえば、ハセヲは何かを手にして首を傾げていた気がした。ハセヲを見遣ると、さぁて?ととぼけている。八咫には秘密にしておくようだ。
兎にも角にも、志乃を取り戻す手掛かりはこの世界にしかない。ならば私達はこの世界で戦い続けるだけだ。八咫が私達との約束を守り、情報を提供する限りは、私達も八咫に協力するという契約を再度確認した。ハセヲと共に八咫を睨む。


「…私達の協力が必要ならいつでも呼んでくれて構わない、だけど」
「その二枚舌で!二度と志乃の名前を口にするんじゃねぇ!!」



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