月の樹本部。ケンカしにきたんじゃないから穏便にいこうね、とハセヲを諭すとお前もな、と小突かれた。違いない。欅の元へと急ぐ、そこには何と七枝会が全員集合していた。こうしてみると…威圧感がすごい。


「システム異常についての調査の件ですが、」
「らしくもない。単刀直入に言われたら如何かな、メイカくん」
「…どういうこと?」
「AIDAサーバーからの脱出に協力してほしいと素直に頭を下げたらどうだと言っているんだ。…G.U.の諸君?」


その言葉に、私とハセヲは息を飲む。コイツ、私達がG.U.という組織で動いている事、AIDAを調査している事、…そして此処が本来のCC社サーバーでない事も既に知っている。私達と同程度の情報を、何故一介のPCが。ハセヲは鼻で笑い、おいおい、バレバレかよwと吐き捨てた。
ならばもう端的に言おう。現在私達が閉じ込められているのは、本来のCC社サーバーではなく、“何者かの不正操作により”生み出された(と説明するようパイに言われた)ミラーサーバー…通称、AIDAサーバーである。ここから脱出する為に世界の“ほころび”を見つけ、その穴を突く。それを貴方達に協力してほしい。そう伝えれば欅は二つ返事で頷いた。バグを見つけるという事ですね、ハセヲさん達に協力しましょう!そう言って、なんともあっけなく了承され、あっという間に七枝会は散っていった。


「メイカ、俺達の隊と一緒に行くか?」
「あぁ?行かねぇよ」
「お前には聞いてねぇよ、ハセヲ」
「ケンカしないでってば…松、調査よろしくね。」
「おう、手柄上げたら褒美頼むな」
「帰るぞメイカ!!!」


またも松に絡まれる私はハセヲによって引きずられてタウンへと帰ってきた。…どうして、榊はAIDAやG.U.のことを知っていたのかな。そう呟くと説明の手間が省けて良かったじゃねぇか、とハセヲは笑った。…パイを連れてきていたら発狂してたかもしれないな。うん、よかった。
ハセヲはそのままパイ、クーンと共に微弱なAIDA反応が出たというエリアへと向かった。私はレイヴンの@homeへと戻り、アトリの傍にいることにした。


『メイカさん、…』


アトリと横並びになって腰掛ける。彼女が私の名を呼んでも、彼女の声は私の耳には届かなかった。こんなに一生懸命話しかけているのに、悲しいです。アトリは眉を下げた。痛かったんです、この手がひび割れたとき、本当に痛みがあったんです。そう言って泣く彼女の頬をゆるりと撫でる。…どれだけの恐怖だったろう。私は徐ろに劣化しているという彼女の手を取った。手の甲が、ひび割れている。強く握ったら崩れてしまいそうだ。ぽつり、その甲に雫が落ちる。アトリの涙だった。


「…メイカさんの掌は、とっても温かいです。私、大好きです」


ふ、と。彼女の涙声が聞こえた。どうやら彼女に触れている時、私の耳には彼女の声が届くようだ。アトリにそう伝えると、花が咲いたように笑って、彼女は私の名前を何度も呼んだ。…きっとこれは私の“聞く”能力だ。
アトリが今AIDAに奪われた碑文は、私と分断されていた。能力の差から考えると、私が持つ要素は二割か、それ以下の程度だと思う。アトリの胎内から奪われたデータは本来の八割で済んだ、そのおかげで彼女は今もこうしていられるのかもしれない。
アトリを元に戻す為には、AIDAから碑文を取り返し、彼女の体内へと戻さなくてはいけない。だが、八咫は言った、このままでは恐らくどちらのPCも憑神を開眼できない。このままでは、…
私は戦いたい。志乃を取り戻す為、ハセヲと共に。この世界で迎える最期の瞬間は、彼と共に。彼も同じ想いで居てくれる。お前と共に最期まで戦うと、言ってくれたハセヲを私は心から信じている。そしてハセヲを信じている私を、ハセヲも信じてくれている。彼が手に入れた“力”、私も今同じ“力”を手に出来るところにいる。開眼するためには、どちらかのPCへ碑文を寄せる必要があるのではないか。その為に碑文を体内から抜き去ると、今のアトリのような状態になるんじゃないだろうか。

── この憑神を開眼させる為には、私かアトリ、どちらかが犠牲になるのでは?

そこまで考えて、私は震えた。私は、私が犠牲になる未来など、微塵も想定しなかったのだ。…己がどれだけ残酷な人間なのかということを、思い知った。



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