「状況は思ったより深刻だな」


レイヴンに戻ると、クーン、パイ、アトリが揃い、各人報告を済ませていた。私達も得た情報をフィードバックする。ログアウト不可能、リアルの自分が認識できない。これは全てのプレイヤー共通で起きており、一部のプレイヤーは暴動を起こし、システム管理者でさえ制御できない。これでは私達が未帰還者みたいね。パイの言葉に正しくその通りだと気付き、ぞっとした。


「碑文を奪われたアトリのPCデータに、劣化が始まっている」


八咫の言葉にアトリを振り返る。手を隠すアトリは、すみません、と謝り視線を落とした。あの時、AIDAに貫かれたアトリはそのPC体内から碑文データを抜き取られていたといことのようだ。そんなこと、一言も…!そう言いかけたハセヲをクーンが制した。
現在この世界ではPCと私達の精神が一体となっている。この世界でPCがロストするという事は、精神がロストするということになる可能性がある。アトリのPCの劣化がこのまま進むと、PCごと、アトリの精神が、── 全員が息を飲んだ。
八咫は、この世界は本来の世界ではない、AIDAによるミラーサーバーだと推測していた。AIDAはCC社のサーバーよりデータを模倣し私達が今いるこの世界を作り上げ、そこに私達の精神を隔離し閉じ込めたと。

私とアトリはAIDAの“音”を聞き分ける能力を持っている。アトリはハセヲと共にロストグラウンド、エルディ・ルーを見つけたとき以外にも、“音”を辿ってバグのようなものに遭遇した事が幾度かあるようだ(私はといえば、物に触らなければ“音”は感知できない。それこそ三爪痕の傷跡など、何かのサインに触れなければ聞き取ることは不可能だ。つまり私は平常時に聞こえる事は無い、アトリの方が“音”を聞く能力が高い)。ただ、この状態になってからはアトリも“音”を聞いてないということ。という事はやはり、アトリがAIDAから抜き取られたものというのは間違いなく、


「モルガナ因子…!!」


パイが声を荒らげた。モルガナ因子?首を傾げると、八咫が説明してくれる。モルガナ因子とは、“碑文使い”を“碑文使い”たらしめるデータ。碑文使いPCは、CC社のとあるプロジェクトにより生成された特別なデータが組み込まれた特別なPC。その特別なデータとやらが、モルガナ因子 ── その通称を“碑文”。それが憑神の核。その憑神を操るPCが、“碑文使い”と呼ばれる。CC社は、この碑文使いを量産したがっている。しかし強力なプロテクトのせいで解析作業は難航、モルガナ因子の正体さえ、掴めていない。その為同じ能力の複製も生成不可能。


「モルガナ因子は誰かに作り出されたものではない。この世界の深淵からサルベージされたのだ」


八咫の言う世界の深淵とは、一体。…最早、今まで私達の触ってきた世界の領域の話ではないと、思い知る。
モルガナ因子には各々名前があるという。パイは“復讐する者” ── タルヴォス。クーンは“増殖” ── メイガス。ハセヲなら“死の恐怖” ── スケィス、である。
そして、やはりアトリを治すにはAIDAからモルガナ因子を取り返すしかないという結論に至った。しかし、このミラーサーバーではAIDAを追跡、見つけるのは困難なようだ。エリアにてこの世界のほころびを見付ける為、人海戦術で一般プレイヤーに協力を仰ぐこととなった。

ハセヲ、メイカ。君達は月の樹と面識があるな、彼らに協力を仰いでくれ。そう八咫に言われた私達の表情が引き攣る。奴らが俺達の話をまともに聞くか?とハセヲが私に言うので、静かに首を振った。横にだ。


「アトリ、私達月の樹本部へ行ってくるけど、くれぐれも安静にしていてね。…今度こそ。」
『う、…はい、いってらっしゃい。メイカさん、ハセヲさん』
「……行ってくる」



back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -