「メイカ?何で…」
「えっと、八咫に呼ばれて」
「よく来てくれた、メイカ」


八咫に呼び出され、私は初めてレイヴンの@homeへと足を運んだ。そこには既に八咫と、ハセヲの姿。君にも聞いて欲しいことがあるのだよ。そう言って、八咫はこう切り出した。アトリは碑文使い候補だ、と。ハセヲのトーナメント戦のときに、発覚したらしい。…彼女に、憑神が見えること。そして彼女の中に、憑神が宿っているということが。どきりと心臓が跳ねた。私は、こうしてまた、ハセヲの力になれるのは、アトリなのかと。そんな醜い感情に一瞬で支配された。しかし、八咫は次にとんでもないことを言い出した。


「それから…メイカ、君にも、碑文の一部が宿っている」
「メイカに…!?」
「ど、どうして…何故、」
「どうやら、アトリの碑文の一部がメイカに存在しているようだ」


君にも、憑神は見えているようだな。そう言われて、ハセヲはこちらを見やった。ハセヲには、徐々に憑神が見えるようになってきていたことを、話していなかった。確実に見えるようになったのはエンデュランス戦の後だったのだ、話すタイミングを失ってしまっていて、今に至る。…まさか先に八咫の方から言ってくるとは思わなかったが。折角の機会なので、簡単ではあるがハセヲと八咫に今までの経緯を説明した。ハセヲにはすぐ言わなかったものだから怒られるかな、と恐る恐るごめんねと謝る、…すると予想外に優しく頭を撫でられた。怒ってはいないようだ。

兎に角、アトリはもともとG.U.の観察対象で、碑文がPCに宿っていることが分かったということ。それから…何故か私にも、アトリと同じ碑文データ、その一部が存在しているということ。それを、伝えられた。だからなのか、私とアトリにだけ“音”が聞こえたのは。


「メイカとアトリは二人で一つの憑神を持ってる、ってことか?」
「データが分かたれている、このままでは恐らくどちらのPCも憑神を開眼できない」
「…開眼するにはどうしたらいいの?」
「現在調査中だ、こんなことは今までなかった」


だが、元々が仕様を逸脱した力。それが引き起こす現象が仕様を逸脱していてもおかしくないのだ。私達の常識など通用しない。しかし、もしかしたら私にも憑神を使えるのではないかという希望が宿った。私にも、志乃を救えるかもしれない、…今度こそ私がハセヲの力になれるかもしれない。私はそっと己の両手を見詰める。

── 志乃、?

こうして私もレイヴンの一員となり、ハセヲと同じ条件の下行動することとなった。
私の持つ碑文データの片割れであるアトリ、戴冠式の後から彼女とは会えていなかった。八咫はアトリの所在について、教えてくれた。アトリは戴冠式の直後にモーリー・バロウへ転送し、消息不明になってしまっているらしい。なんと現在、彼女自身が仕様から逸脱した存在になってしまっているということ。彼女を探すために、私とハセヲは共にモーリー・バロウへ向かう。

カオスゲートの前まで来ると、パイとクーンが既にスタンバイしていた。私のことは、もう二人は知っているんだろう。私が此処にいることに驚かず、クーンは急ごうとだけ言った。ハセヲ、パイ、クーンはパーティを組む、…これから行く先で、戦う相手はきっと仕様を逸脱した存在だ。私は震える手でハセヲの腕を掴む。ハセヲが私の顔を覗き込み、何でお前が泣きそうなツラしてんだ、と笑った。


「ハセヲ…私、行っても大丈夫なのかな、」
「…お前、ずっと言ってたじゃねぇか。自分に出来ることがないって」


さっき、メイカの話を聞いて俺は嬉しかった。もうメイカを置いていかなくていいんだ、と思ったら。これでお前を一人にさせなくて済む。


「もし俺の身に何かがあっても、その時はお前も一緒だ」
「うん、」
「…最期まで、俺といるだろ」
「…勿論よ」
「俺と一緒に、死ねるよな?」
「っ、…!」


もう一人になることはない。彼と共に最期まで戦うことが出来る。ハセヲの言葉に遂にぼろぼろと涙を零して私は泣き始めた。こんなところで、なんて重い話をしてるんだ、とクーンが隣で苦笑いしていた。パイは私の頭を撫でてくれた。とはいえ、私が今戦力にならないのは確かだ。三人は私を守ると言ってくれた、私はアトリを確保することを最優先として動くこととなった。

モーリー・バロウ、その城壁。以前にも増して傷は、鈍く赤く光っている。そっと触れれば、耳鳴りのような、鼓動のような音。…いつも、聞こえる音。アトリは、きっとこの壁の中だ、そう直感で思った。そうしてそのまま自分達の体がどこか(恐らく、この中だ)に転送されるのを、黙って見ていた。

── 認知外空間(アウタースペース)。その中は、ただ真っ白な空間。コインロッカー。アトリの姿。

アトリ、と呼び掛けると、彼女は焦った様子で来ないで、と言う。此処は自分が、自分の力だけで見付けたのだ、三爪痕の事も私が突き止めてみせる。そんな事を言った。何故アトリが三爪痕のことを、そもそも、そんな情報を彼女に吹き込んだのは、…
今にも泣きそうな声で、アトリは言う。こうでもしないと、二人は自分を見てくれないと。自分より優れた呪紋士がいれば、自分より志乃に似たPCがいれば、私達は“アトリ”を頼らなかったのだと。…何も反論出来なかった。アトリの言う事は、間違っていない…。ハセヲはそんなアトリを宥めようと彼女に手を伸ばし、





地響き。





蒼い炎。





そこに、何かが現れた。





「三爪痕…!!」


トライ、エッジ…?

蒼炎より現れた、一体のPCが居た。目の前のハセヲは、私とアトリを背に隠すように、その現れたモノに向き直った。一度、三爪痕に遭遇しているハセヲがこれを三爪痕と呼ぶのだから、目の前にいるこれが、まさに三爪痕…なのだろう。時折漏らす低い唸り声、私達を見据えるその視線には、まるで生気がない様で…。


「てめぇは何者だ!」


ハッカーか、碑文使いか、AIDAか。そう問うハセヲに、三爪痕は沈黙したまま。皆が唾を飲む。突然の遭遇だが、動揺を見せる隙など無い。緩慢とした動作で武器を構える三爪痕、弾かれた様に臨戦体制を取るハセヲ、クーン、パイ。ハセヲは三爪痕を睨んだまま、メイカ、アトリを頼む…そう呟く。私は小さく頷いてハセヲから離れ、アトリの傍へ、腕を引き抱き寄せる。三爪痕が武器を一振りすると、私達を突風が襲った。瞳を細めると、次々に空間を形成するグラフィックが剥がれ落ちていった。それを皮切りに、ハセヲは三爪痕に飛びかかっていく。メイカさん…と名前を呼ぶアトリはがたがたと震えていた。私も、震えている。


「…アトリ、私、アトリに何を言われても否定出来なかった。でも、」
「メイカ、さ…」
「許してくれるなら、…お友達になろう、新しく。ここから、始めよう。」


ね。そう言うと、彼女は涙を流した。



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