王者の島イ・ブラセル。戴冠式の為に、このイベントエリアへとやってきた。…誰の戴冠式かといえば勿論、我らがハセヲチーム!

── ハセヲは、エンデュランスを下した。ハセヲ達は、紅魔宮の宮皇となったのだった。G.U.の見立て通り、エンデュランスが紅魔宮の宮皇の座に固執する原因となったのはAIDA、エンデュランスが唯一自身の隣に置く猫として形を取っていたもの。彼の傍に寄り添い、孤独なその心に、何故か“勝つこと”への執着を植え付け…彼を対人戦へと駆り立てていた。目的は不明だ。ただこのままAIDAに接触し続けていたら、エンデュランスはどうなっていたか分からない。ハセヲのスケィスによるデータドレイン、今度は正しく使用したその技でAIDAを駆逐、彼は事なきを得たようだ。…彼はそのまま行方を眩ませてしまったらしいが、無事ではあるということだ。
兎に角ハセヲは優勝。憑神も覚醒。本来の目的+αと言ったところで。今するべきは、お祝いだ。…ハセヲは私の分まで、頑張ってくれたのだ。この場にいる参加者の誰よりも、私が喜んでいるに違いない。

戴冠式も無事終わり、ハセヲは集まってくれた皆に挨拶周りをしているようだった。此処に来てから、まだ話していない。私のところに来るのは最後かな…と思っていると、トントンと肩を叩かれる。振り返れば、見知った顔。


「よっ、メイカ」
「松じゃない。久しぶりね」


そこに居たのは、松。メンバーアドレスを交換した日からたまにメールでのやり取りはしていたのだが、こうして顔を合わせるのは久しぶりのことだった。ハセヲと一緒にいないなら、ちょっと話そうぜ。松はそう言って私の手を強引に引き、メイン会場を後にした。
階段を降り、人気のない花壇へ並んで腰掛ける。静かでゆったりとした空気。こんなに落ち着いた気分になるのは随分と昔の事のようで、何故だか懐かしい気持ちになった。松はあーとかうーとか唸りながら頭をがしがしと掻き、話し出しに困っているようだったから背中を思い切り叩いてやった。


「あー、その…悩み事は解決したかよ?」
「…悩み事?」
「悩み事っていうか、前会った時に浮かない顔してたからよぉ」
「そうだった?」
「バーカ」


それくらい俺様にはお見通しだ、そう言われた。前会った時というのは、エリアでメンバーアドレスを聞かれたときだという。…あの時は、ハセヲは憑神を覚醒させたばかりで、躊躇うことなくそれを一般PCに使っていたから…彼を否定できない自分に葛藤していたのだ。
私とハセヲは、ずっと二人きりだった。仲間などいない、いらない。前だけを見て二人で走ってきたのだ。…それなのに、自分達の認知していないところで、自分達を心配をしてくれる人がいた。そう知った今、それはもう何とももどかしく歯がゆく、くすぐったい、そんな感情に包まれている。もう、大丈夫だよ。ありがとう。そう笑顔で言えば、隣に座っている松に頭をくしゃくしゃと撫でられた。


「メイカ、笑ってるほうが可愛いよな」
「どうせ周りの女の子皆に言ってるんでしょうね」
「そう嫉妬しなくても、俺にはメイカだけだぜ?」
「結構です…」


両肩をがしりと掴まれ、俺の目を見てくれ、これが本気な漢の目だ、なんて言われる。まぁ、確かに松は人に嘘をつく人間ではないと思うけれど。真剣な彼の表情、その熱い視線に見つめられたら、…普通女の子なら溶けてしまいそう、とでも思うんだろうか。そのまま視線が絡み合い、自然と顔が近付いて、── …


「メイカに触んなっ!!変態野郎!!!」
「チッ、今いいところだったのによ…」


ハセヲが走ってきて、私と松を引き剥がした。もう他の人のところには行ってきたの?と聞くと、おう、と不機嫌な声で答える。おや、これは不穏な空気。払拭するように明るい声を張り上げる私。


「えーっと、ハセヲ、本当におめでとう!」
「……」
「す、すーっごいかっこよかったよ!ね、松」
「俺に聞くなよ」
「…おい、メイカ。」
「…は、はいっ?」


動揺している私はハセヲに腕を掴まれて、彼へと引き寄せられた。そして私の耳元で、俺の目の前で他の男と仲良くしてんじゃねぇ、と呟く。慌てて謝ると、後ろで松がため息をついて、それから鼻で笑っていた。


「お前、本当にメイカのことになると余裕無くなるよな…」
「るっせーんだよ!!!いちいちちょっかい出してきやがって…!!」
「まあまあ…とりあえず、機会があったらまた戦おうぜ!」


楽しかったしよ。そう言って微笑む松と悪態をつくハセヲを見て、本当にこの二人は同い年なのかと思ってしまう(松は本当に大人びている…)。
そんな事よりと、ハセヲにアトリを見なかったかと聞かれた。どうやらアトリを探しているらしい。どうも、アトリの目の前で榊の悪口を言ってから微妙な空気になっているとかなんとか。そういえば暫く見ていない、きっとこの会場のどこかにいる筈だが。


「探してこいよ、俺はここでメイカとイチャイチャしてっから」
「んなこと誰がさせるかっ!…行くぞ、メイカ!!」
「わっ、ちょっと、…松、またね」


ハセヲに掴まれたままだった腕を引かれ、共にアトリを探すことになった。…存外早くに見つかることになったのだが。メイン会場から少し離れた場所にあるテラスに、アトリはいた。…そして何故か、オーヴァンも、そこに居た。

オーヴァン、アトリ、ハセヲ、それに私。


「オーヴァン…」
「何で…こんなところにいるの?」
「…懐かしい光景だとは思わないか?」


なぁ、ハセヲ、メイカ。ハセヲが、やめろと呟く。しかし、オーヴァンは昔の話をつらつらと話し出した。

昔の話 ── 旅団の頃の話。あるかどうかも分からないものを探す、宛てのない旅。何も得られない毎日だったのに、それで充分だった…。オーヴァンの言葉に、私とハセヲは俯く。オーヴァンが消え、帰ってくると信じていた矢先、志乃が意識不明…未帰還者になった。オーヴァンは、私達を助けようとはしなかった、…見捨てたのだ。なのに、今更こうして神出鬼没に姿を現し、私達を惑わせる。


「志乃とメイカ…そしてハセヲは、とても仲が良くてね」
「やめろ…!!」
「志乃は君と同型のPCを使っていたんだよ」
「オーヴァン!!!」


私とハセヲの静止の声など聞こえていないかのように…いや、私達の反応を楽しんでいるように、オーヴァンはアトリを絶望させていく。その物言いでは、私達が志乃の代わりとしてアトリに近付き接していたと、勘違いさせてしまう。そんなことは、…


「私、ハセヲさんやメイカさんといるとき楽しかった!もっと仲良くなりたかったっ…!」


アトリの悲痛な叫び。彼女がアリーナの勉強をしたのも、自分の考えを押し付けるだけじゃなくて、私達の…ハセヲのことを理解しようと思った、という意志の現れ。…そんなこと、私にだって分かっている。この子は元々、アリーナなんて参加するような子じゃなかったのだ。それなのに、ハセヲの目的の為、協力してくれたのだから。


「ハセヲさんに、笑って欲しかったから!メイカさんに、褒めて欲しかったから!!」


でも、そんなのみんな無駄だった。二人は志乃しか見てなかった。ハセヲも私もアトリを見てなかった。志乃に似てるからアトリを頼った。志乃に似てるから戦い方を教えてくれた、話も聞いてくれた。アトリは涙声でそう言った。
…正直、アトリに志乃の面影を重ねたことがなかったわけではない。でも志乃の代わりにしていた、なんてことはなかった。そう弁解する暇もなく、アトリは走り去ってしまった ── 。

シラバスとガスパーが迎えに来るまで、私とハセヲはその場に立ち尽くし、黙ったままでいた。アトリがああ言ったのにも、心当たりがありすぎた。…そしていつの間にか、オーヴァンは消えてしまっていた。今日此処に現れたのは、私達を仲違いさせる為だったということか。オーヴァンの目的は、一体何なのだろう。彼は何を知っているの、私達を、どうしたいの。



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