トーナメント決勝戦、VSクーン“サンダーストーム”。今日は八咫の隣…つまり、解説者の席に同席させてもらうことになった。…八咫の職権濫用だった。というのも、パイからショートメールで呼び出され、あれよあれよという間に何故か八咫の隣にいた。彼の話はハセヲからも聞いていた、だが正直初対面なのでどんな会話をしたらいいかも分からない、どうしてこんなことになったの。助けて。


「パイやクーン、それからハセヲの友人ということで、特別に招待した」


八咫はマイクを通し、観客に向けてそう説明してくれた。先日の松戦で少し注目されてしまった私は、ちくちくと実況者からの質問攻めに合ったが、苦笑いだけ返しておいた。そんなことより、今はこの試合に注目したい。バトルエリアに対峙したハセヲとクーン。二人の言い争う声が此処まで届いている。


「勝たなきゃ誰も認めてくれねぇんだよ…!」


ハセヲの唸り。クーン達は、今回の戦いで、きっとハセヲを止めようとしてくれている。ハセヲは、クーンに“力”を否定されていると思っている。実際は、その“やり方”の問題なのだが、周囲が何と言ったところでハセヲは自分のやり方を変えることはないだろう。本当は私が言えたらよかった。私が言えば聞いてくれたかもしれない。…そう思いながら、結局ここまできてしまったけれど。


「って、大火!?」


クーンチームには何故か大火が参戦していた。大火ももともとはレイヴンの一員だったのかな、そう思い八咫の顔を見ると、八咫は首を横に振った。違うようだ。戦闘が始まると、ハセヲは容赦なくクーンに斬りかかっていった。ただの試合としてならほぼ互角、と言ってもいい。レベルもよく上げてきた。シラバス、アトリも健闘している。しかし拮抗するだけで試合はなかなか進展していかない。相当苛立っているとみえるハセヲは、邪魔をするなと叫んでいた。


「どけよ…どきやがれ…!!」


ハセヲが、呻く。


「喰い殺すぞおおおおおおおお!!!!!」


── スケィス。それがハセヲの憑神の名前のようだ。最初はモヤしか見えなかった憑神が次の戦闘では大体の姿を把握出来るようになり、そして今回は、遂に視認出来るようになった。クーンも憑神 ── メイガスを呼び、二人はそのまま憑神で戦い始めた。突然動かなくなったハセヲとクーンに、戦うことをやめたパイと大火、それにシラバスとアトリ。会場はざわめいている。
憑神の戦いでは、ハセヲの力は圧倒的で、クーンは防戦一方だった。メイガスの仕掛ける技はスケィスによって呆気なく斬り伏せられていく。私には、ハセヲの声しか聞こえなかった。その声は楽しげで、スケィスは容赦なくメイガスをいたぶっていた。恐らくこのままハセヲが押し切っていくのだろう。

── しかし、突然スケィスの動きが止まった。


「な、何が起きてるの…!?」


その後、再び動き出したスケィスは、先程の動きとはまるで違う、残虐さを増したような…あれは、最早ハセヲが制御しているとは思えない動き。メイガスはスケィスに殴られ、切り裂かれ、されるがまま、痛めつけられている、という表現が最も適切だった。その光景は、思わず呼吸を忘れてしまう程の衝撃だった。


「暴走…してる…?」
「…そのようだな」


やめろ!いやだ!小さいけれど、ハセヲの声が聞こえる。手摺りから身を乗り出して、パイに向かって叫んだ。


「パイ!!ハセヲを止めて!!!」
「無理よ!!一度に二体以上の憑神をフィールドに出すのは危険なの…!」
「でもこのままじゃ、クーンが…!」


スケィスの動きは止まることは無い。ハセヲが嫌だと言っている、あれは、ハセヲの意志じゃないの。どうしよう、今度こそハセヲは、人を傷付けてしまう ── そう思ったら、視界が涙で滲んだ。すると後ろにいた八咫が私の肩を叩いて言った、大丈夫だ、クーンを信じろと。
止まれ、と連呼するハセヲの声をまるで無視して、スケィスは疲弊しきったメイガスに対し止めの一撃を放ってしまった。クーンは体勢を大きく崩し、メイガスと共にゆっくりと倒れ落ちていく。瞬きを忘れて、その光景に見入ってしまった。


「うわぁああああああああああ!!!!」


耳を覆いたくなるほど、悲痛なハセヲの叫びが響く。スケィスは、理性を取り戻したように消えていって…倒れたクーンと、膝をついたハセヲが残った。ざわめきの中、この場に居る全ての人間が二人の行方、試合の決着に注目している。すると突然むくりとクーンは起き上がり、パイやハセヲと会話をしているのが見て取れる。…未帰還者には、ならなかったようだ。良かった…。


「クーンは、憑神の能力…増殖を使ったようだな」
「増、殖?」


八咫がかいつまんで説明してくれたのだが、半分程しか理解できなかった。ハセヲがスケィスでデータドレインという技を放った、それは相手の持つデータを吸収し奪うこと。そしてかつて三爪痕がハセヲのデータを奪った技でもある。スケィスはそのデータドレインを使い、メイガスというデータそのものを奪おうとした。しかしクーンはメイガスのデータを、メイガスそのものの能力“増殖”によって補うことで消失(ロスト)── つまりは未帰還者になるのを防いだとか。もしも、相手がクーンじゃなかったら…


「参った!ギブアップ!」


戦意喪失したクーンは座ったままそう言った。実況はハセヲチームの勝利を告げ、会場は歓声に包まれる。クーンはひらひらとこちらに手を振っていた。あんなに心配したのに…全く、もう。


「この戦い、どうでしたか?メイカさん」
「えっ、何で私?」
「八咫さんがたった今いなくなられてしまったので…」
「置いていかれた!?」


八咫は、試合が終わってさっさと帰ってしまったようだった。勝手に呼んでおいて、勝手に帰るなんて。私に一言くらいかけていってくれたっていいじゃないか…。おかげで実況者に絡まれてしまった。


「ところで、メイカさんはハセヲさんと松さん、どちらを選ぶのですか?多くのユーザーが気になっていますよ!」
「そういうのやめてもらっていいでしょうか…」
「ではハセヲさんとは仲が良いのですか?どういったご関係かだけでも!」
「……PKされる覚悟はおありですか?」


ニッコリと笑いかけ、実況者が青ざめて口篭ったところで、私もアリーナの外へ出ることにした。

入り口へ行くと、ハセヲが腕組みをして壁に凭れかかっているのが見える。声をかけようとしたら、ハセヲの方が先に気付いて駆け寄って来た。


「ハセヲ、お疲れ様!」
「お疲れ様じゃねぇ!!何だよさっきの!!」
「さっきの?」
「実況者の質問!あれぐらい即答しろよ!!」


ハセヲはバトルエリアから去っていた後だったから、聞いていないかと思っていたのに…どうやらしっかりと聞いていたようだ。どう即答すれば良かったのかと聞けば、俺だって言っとけば良かっただろ、とのこと。ああ、そっか。ずっと一緒にいたハセヲと、出会ったばかりの松。どちらを優先すべきかなんて分かりきったことだ。ハセヲに、私かアトリかって言われて、アトリって言われたくないのと同じ。ハセヲだってきっと自分って言って欲しいよな、と思った。


「ごめんね」
「…結局、どっちなんだよ」
「そんなの。勿論ハセヲ。」
「ふーん」


ならいい。そう言って肩の力を抜いたハセヲ。どうやら機嫌を治すことができたよう。

彼に、先程の試合で起きた全てを聞いた。自分の力すらコントロール出来ていなかった。ハセヲはそう言ったが、使えるようになったばかりの憑神を完全にコントロールしきれてなくても仕方がないことだと思った。もしかしたらそれで人を傷付けることになっていたかもしれないけれど…本当にそうなったとしても、私がハセヲを呵れたのかどうかは分からない。
でも、きっと私が憑神は危険だから使わないほうがいい、とでも言えば、彼はあんなに安易に憑神を呼び出したりしなかったかもしれない。彼はやり方を変えていた筈だったんだ。


「…私はね、ハセヲに意見する立場じゃないと思う」
「そんなことねぇだろ」
「怖いの、ハセヲ。…私、ハセヲに嫌われたくないんだよ」


間違ってると思っても、言えない。嫌われるのが怖いの。ひとりになるのが怖いの。だから私はハセヲを否定できないの。ハセヲが、自分を肯定してくれる私に依存しているのを知っていたから。私は彼に歩み寄り、彼の肩口に額を預け、目を閉じた。きっとハセヲは分かってくれた。私は止めたいと思っていたこと、ハセヲの意見に完全に賛同してたわけじゃなかったことも。それから、ハセヲは私を抱き締めて言ったのだ。


「お前がいてよかった」


メイカは絶対に俺のことを否定しない。だから俺は好き勝手にやってこれた。お前が俺の全てを受け入れて、信じてくれたから、俺は救われてた。…それが、お前を苦しめてたんだな。ハセヲの切ない声が耳に届く。嗚呼。遠回りして、漸く伝わった。
大切なものを失う覚悟と、大切なものを守る決意を。クーンからそう教えられたらしい。それが無いようなら、憑神を使うべきではないと。私の身体を離したハセヲ、真っ直ぐな視線が私を見つめていて。


「俺はメイカを失いたくない…だからメイカ、お前を守る。」


独りよがりはもう止めだ、俺はお前のことちゃんと理解して、寄り添いたい。お前が俺の心の支えだ。ハセヲはそう言ってくれた。
けれど、…きっと、私は心のどこかでハセヲを完全に信頼できていなかったのだ。ハセヲに反対した自分が彼と共に居られなくなるのではないかと恐れた。嫌われることを、何よりも恐れた。彼が私から離れていく、というのは彼を信じきれていないからこそ至った考えだろう。結局は他人が傷付くことより、彼の傍に居る事を優先させたのだ、私は。最低だった。

私達の絆は、そんなことで壊れるものじゃなかった。二人、そう再確認する出来事だった。



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