「メイカさん!」
「アトリ?えっと…こんにちは」
「はいっ!こんにちは!」


AIDAの調査へと繰り出していったハセヲを見送り、カオスゲート前にいた私は、アトリに出くわした。個人的にあまり話したことがないので(そもそもメンバーアドレスさえ交換していなかったのだ)、声を掛けられたことに心底驚く。アトリは、もし時間があるようなら、戦闘指南をして欲しいと言ってきた。私は戦闘経験があるし、優れた呪紋士にも出会ったことがあるだろうからと。


「私…ハセヲさんのお役に立ちたくて、だからお願いします!」


人目に付くところで思い切り頭を下げられたものだから(ずるい…)、断りきれずに了承してしまった。それに、ここで断ったらハセヲにも嫌な想いさせるかもしれない…そして、これも僅かに残された私に出来る事かもしれない、と思ったから。そうと決まれば直ぐに出掛けようと、アトリのレベルよりも高いレベルのモンスターの出るエリアに向かい、きちんと戦闘指南をすることにした。きっとハセヲの勝利に繋がる。

相も変わらずこのレベル帯では、私の攻撃、一撃で敵が蒸発していくが…そういえばと持っていたいくつかの呪紋書をプレゼントし、アトリに魔法を覚えさせる。獣神像に辿り着く頃にはレベルも幾分か上がったようだった。


「本当に…何から何まで、ありがとうございますっ!」
「いいよ、そんな大したことしてないし」


── 儚げに笑う彼女と志乃が重なる。

獣神像の宝箱を開封した後、今度はアトリが聞いて欲しいことがあるからと言って、私達は草原に腰を降ろした。大して話をしたこともない私を態々引き留めているのだ、十中八九ハセヲのことなんだろうけれど…。


「この前…私ハセヲさんを怒らせてしまったんです」


やはり。

ハセヲが機嫌を悪くしていた、アトリに“立ち止まって”と言われた、という話。私もあまり気分の良い言葉ではなかったけれど、決してアトリが悪いわけじゃないのだと、説明した。きっと、この世界に対してアトリのように考えることは、悪いことじゃない。アトリはこの世界を心から楽しめている。…でも、そうじゃない人、そう出来なくなったしまった人もいる。私とハセヲは後者なのだと。


「私達は、やらなければならないことがあるんだ」
「やらなければ、ならないこと…」
「そう。だからね、今は“立ち止まって”なんていられないの」
「…!」


私達は前に進まなければならない。── 志乃の為に。アトリは俯いて口を噤んでいる。きっと自分が言ったことを後悔しているんだろう。私は続ける。


「だから、ハセヲが前に進むために、アトリがお手伝いしてあげてくれる?」
「私…、私が?」
「アトリにしか出来ないことよ」


── 私には、出来ない。

私の言葉にアトリは元気に頷くと、立ち上がってもう一度頭を下げた。


「私、メイカさんに憧れてるんです。メイカさんみたいに落ち着いてて、思慮深くて…、皆に頼りにされる、強くてかっこいい女性になりたいんです!」
「…そんなに大層な人間じゃないわ」
「そんなことないです!…ハセヲさんがメイカさんを慕うのも、わかります」


眉の下がった彼女の表情、…ああ。この子はハセヲに惹かれているんだな。そう感じた。
これ以上は複雑な気持ちになるので、立ち上がりそろそろ帰ろうとアトリを促した。アトリには、また今度、ゆっくりお話してください、絶対ですよ!と言われたので笑顔を返し、カオスゲートへと向かう。


「アトリ、」
「はいっ、何ですか?」
「私は、アトリみたいな可愛い女の子になりたいよ、…そうしたらきっと、……」


── ログアウトして、メールをチェックしていたら、先程別れたばかりのアトリからメールが来ていた。二通。律儀にお礼メールと、あと一つは、月の樹の@homeへ招くといった内容だった。不本意ではあるが、月の樹の面々とは最近やり取りが増えてきている。呼び出される心当たりは全くない訳ではない。が…お説教なら勘弁してほしいものだ。

カオスゲートへ行くと、アトリ、それからハセヲとパイもいた。パイとは初対面だったが、ハセヲとクーンからお互いによく名前を聞いていた人物だった。挨拶をして、メンバーアドレスを交換させてもらう。月の樹に呼び出されたのは、どうやら私とハセヲとパイの三人。アトリに案内され、月の樹の本部へ向かった。


「メイカ、貴女は何か身に覚えがあるの?」
「態々呼び出されるようなことは、全く…。パイは?」
「ひとつね。…でもそれは私とハセヲだけのことだわ」
「私何かしたのかな…」


首を捻りつつ、走っていったハセヲを追いかける私とパイ。パイはなにか思い当たる理由があるらしいが…?
身分上、月の樹はあまりにも関わりのないギルドといえるけれど、その体制については聞いたことがあった。まぁ、敵を知るっていうやつだ。月の樹はこの世界の秩序を保つことを目的とした風紀機関。“七枝会”と呼ばれる幹部がこのギルドを支える隊長である。今まで出会ったことがある榊や松などがその隊長格で、割と巷では有名であるから、大抵の一般PCまでにも名前は知れているようだ。


「月の樹へようこそ!この間はお世話になりました。ギルドマスターの欅です!」


月の樹のギルドマスター、欅。それから榊、楓、松。楓によると、先日ハセヲとパイによって欅と楓が助けられた(どうやら、レイヴンが調査に取り組んでいる“AIDA”と呼ばれるこの世界のバグ、その調査中にあった出来事のようだ。パイから身内チャットで補足が飛んできた)、そのお礼がしたいということだった。


「…話違うじゃねぇーか」
「ごめんなさい…」
「ねぇ、いよいよ私関係なくない…?」


ひそひそと三人で内緒話。目の前では、よく分からないが榊と楓がごたごたと言い争いをしている。現在、この巨大ギルドは“欅派”と“榊派”でまっぷたつに割れており、榊は欅を蔑ろにしている、という現状をパイが教えてくれた。私はあまりにも場違い、蚊帳の外。本当に何故呼ばれたのだろうか、首を傾げ疑問に思っていると、丁度松が話しかけてきた。


「俺が、メイカに会いたかったからついでに呼んでもらったんだ」
「…それだけ?」
「まぁまぁまぁ…お前にも聞いて欲しいことがあるんだよ、コイツの前でな」


松はハセヲを指差す。私はハセヲに手を引かれ、いつの間にそんなに仲良くなったんだ、と迫られた(別にそんなに仲良くない…)。松が私と、ハセヲにも伝えたかった情報。それは、トーナメントで、ハセヲチームの次の相手が松達だということだった。
欅が、ハセヲが相手を瞬殺した奇跡の大逆転技というのが見たかった、と言う。その言葉に対して松が煽る、前回はただのマグレ勝ちだったんじゃねーの?と。マグレなんかでは、ないのだけれど、実際にはハセヲ自身の実力では、…私もパイも余計なことは言わない。欅は絶対に応援に行くとはしゃいでいたが、果たしてどちらの応援をするつもりなのか。空気が冷たい。
話もひと段落し、颯爽と帰ろうとするパイに続き、私の手を掴んだままのハセヲはその手を乱暴に引くので彼に続いて踵を返す、と同時にもう一方の手を松に掴まれ動きを制された。反射的に振り返る。


「メイカ、俺はお前に惚れた…!!」
「何だと!!?」
「え、」
「トーナメントの次の試合、俺が勝ったら…デートしてくれ!!」


真剣な松の表情を見遣る。ああ、この前エリア行くなら最低100レベルにって言って断ったからかなぁ…と悠長に考えていると、再度手をハセヲに引かれ、彼の胸に飛び込むような形で身を預けた。


「ンなのダメに決まってるだろーが!!大体勝つのは俺だ!!」
「ああ?何吠えてやがる。さては自信ねぇんだな、ハセヲ?w」
「ふざけんな!!!俺は負けねぇしメイカとデートなんてさせねぇ!!」
「なぁメイカ。お前どっちが勝つと思う?」
「え?ハセヲかな」
「…………即答されたのは気に食わねぇが……、なら何約束しようが構わないだろ?」


まぁ、確かに。抱きしめられたままの私はハセヲの顔を見上げて、ハセヲは負けないもんね?と問う。当然だ、と頷くハセヲ。ふむ。なら何も問題は無いだろう。そういう事だから、俺が勝ったらデートの約束は続行だ、と松は大声で言うのだ。私はこんな約束をさせられる為だけに、こんなところに来てしまったのか。恥ずかしい。


「好きにしなよ、ハセヲは負けないって言ってるから」
「オイオイ…一筋縄でいく相手じゃねーぜ?この松様はよぉ!!」
「うるっせぇんだよ、最初からメイカに相手にもされてねぇ可哀想なヤツ!!」
「調子乗んなよ、ボヤボヤしてると掻っ攫っちまうからな…!」


お前も、覚悟しとけよ?と松にウインクをされたので、ああうん、と適当に返事をしておく。その後、呆れるような表情のパイと、苛立っているハセヲに手を引かれながら、マク・アヌへと帰ったのだった。



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