この人は、何かを知っているのだろうか。そうだとしても、私のことは、私が決める。誰かの思うように動くのなんて癪だから。何かが目の前で通せんぼをしたら、殴ってやるくらいの勇気は持ち合わせているつもりだ。
「ご忠告、ありがとうございます」
* * * *
黒峠は車の助手席で、咳をしながら亜沙子を待っていた。円は車の横で、携帯電話を片手に誰かと電話をしている。
亜沙子が乗りこむなり、黒峠はにやにやしながら占いの結果を聞いてきた。
「別に、大したことありませんよ」
「本当? 大怪我するとか、一生独身とか、男運が悪いとか、とにかく不幸だとか、言われなかった?」
どうあっても不幸な人生を歩んでもらいたいようだった。殴られたくてこんなことを言うのだろうか。
「確かに男運は悪いでしょうね。私の周り、ろくな男がいませんから」
その代表がこの風邪ひき男だった。
彼は三万も支払ったのだろうか。あんな、占いとも言えないような占いで。亜沙子は結局、代金を請求されることはなかったので安堵した。
電話を終えた円が運転席に戻り、「さて」とハンドルを握る。
「柊さん、お家まで送りましょうか。もう帰られるんですよね」
二人はどうする予定なのかと亜沙子が逆に尋ねると、事務所に戻るのだと言う。亜沙子もこれといった用事がないので、このまま帰宅しても問題はなかった。
だが、そうすると、あの占い師がすすめた通りの行動をとることになってしまう。それがどうも気に入らない。
「どうしようかな」
「帰りなよ」
呟く亜沙子へ、素早く黒峠が言葉を投げる。
みんなそろって、どうにか自分をおとなしく家に帰らせようとしているように思えて仕方がない。そんな気がしてくると、反発したくなるのが亜沙子の性分だった。
「そうだ、先生、この間の食事代、返して下さい」
「さっき三万も払ったから、財布がすっからかんなんだ。事務所に返ったらあるんだけど。また今度ね」
「じゃあ、私も事務所まで行きます」
「帰りなってば」
「今すぐ返してほしいんです」
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