小説 | ナノ
「なまえっちゃーんっ!」
「あ」
妙なリズムに妙なスタッカートを効かせて馴れ馴れしく私を呼ぶ聞き覚えのある声。
逃げる理由もないのに、反射的に身を翻して全力ダッシュした。
「えぇっ!?何で逃げるの!」
「わかんないです!わかんないです!」
「何で2回言うの!」
「知りません!」
タカ丸さんは傷んだ髪にとっても厳しい。
けど、頼めば可愛らしい髪型を作り上げてくれる。
私は自分の髪に自信がないわけではなく、一度タカ丸さんのところへ行くという友人にくっついて行ってついでに髪を結ってもらおうと思ったことがある。
でも、順番待ちをしていた時。
本を読む気分でもなかったから、椅子に座って足をぷらぷらさせながら壁のチラシを眺めていただけだったのに、何故かタカ丸さんに目を付けられていたらしい。
友人が言っていた。
その日は結局途中で別の用事を思い出して髪結いの件は諦めたんだけど。
目をつけられてるって、なんだかこわい。
ちゃんと人並みの手入れはしてるつもりだったけど、昨日も枝毛を見つけたばかりだしもしかしたらそういう悪い意味で目をつけられてるのかもしれない。
そう考えたら体は勝手に動き出し、追いかけてくるタカ丸さんから逃げる展開に至った。
いや、でも私の髪はそこまで問題ないはず。大丈夫。
何度も言い聞かせているのに、振り返るとそこにいるタカ丸さんははさみを持っていて、これは別の理由で止まるに止まれない。
「タカ丸さん!はさみしまってください!こわいです!」
「えっ?…あ」
ぴたっと止まったタカ丸さん。
様子を見ながら私も立ち止まった。
とは言っても距離を縮めるのは妙に不安だったから距離は保ったまま。
「何の用ですか」
「なまえちゃんこの前僕がお店にいた時来てくれてたよね?」
「…行きましたけど」
「何で帰っちゃったの?」
「え、それは…」
友達と約束があったから。
別に予約してたわけじゃないし、混むって聞いてたからもし順番が回ってきたらラッキー!くらいの気持ちでいたし。
それを伝えたらタカ丸さんは「ふぅん」と短い返事をした。
質問しといてその返事はないでしょ…とつっこみそうになったけどそれはなんとか抑えた。
「何でそんなこと訊くんですか?」
「なまえちゃんの髪結いたいなってずっと思ってたんだよね」
何だそれは。
タカ丸さんとは普段からそこまで親しかったわけじゃない。
会えばちょっと世間話をする程度の仲ではあったけど、髪についての話はしたことがない。
先日の気まぐれで髪を結ってもらおうとした時以外にタカ丸さんを髪結いとして意識しながら接したこともなかった。
それは私が勝手にそういう意識でいただけの話なんだけどね。
そういう意味でタカ丸さんからの[個人的に]意外な言葉に今ちょっと驚いてしまっている。
それにしても前からって。
前から私の髪はチェックされていたと…。
「もっと髪綺麗な女の子たくさんいるじゃないですか」
「そうだねぇ…なまえちゃんちょっとキューティクル足りないしね」
だったら尚更他を当たればいいのに。
何で私なの。
枝毛は気にしてたけど、まさかキューティクルのことを言われると思わなくて言葉に詰まった。
「だからさ、もっと綺麗にしてあげたいなぁとか思うんだよ。他の子じゃ意味がないの」
「うーん?」
わかるようなわからないような。
やっぱり綺麗な髪の方がいいと思うんだけど。
意味がわからないです…と若干疑うようにタカ丸さんに訴えると、タカ丸さんは近づいてきて私の髪をサラサラ撫でた。
「もー、言わせないでよ!」
「何をですか!」
「好きな子の髪ほど触りたいもんなの!もっと可愛くしたいの!」
いや知りませんよ!
好き勝手に私の髪を束ねてみたり編んでみたり、楽しそうに弄ぶタカ丸さんに「じゃあお願いします」と言ったらどういう意味にとられるんだろう。
…ていうか今好きって言った?
ふわふわいじられる髪の隙間からタカ丸さんを見上げると、
「そんな目されたらチューしたくなっちゃうでしょ!」
と何故か怒られて頭をくしゃくしゃにされた。
この状況に全然ドキドキしないのは現実味がないからだろう。
だけどきっと数秒後には…。
発熱していることでしょう
**ぺろんちょ の杏仁様より頂きました!
ちなみにリクエストの内容は「髪にハアハアするタカ丸」。
すばらしい…!!まさかこんなちょっとあまずっぺえかんじになるとは思いもしませんでした…!
10000ヒット企画に参加させていただきました。本当にありがとうございました!
炉施 拝
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