いつか見た景色



あーもう!
陰口言うんなら聞こえないようにしろっての。
ぽっと出の私がそう簡単に受け入れられるとは思ってなかったけど、思っていた以上に洗礼は手荒かった。



「あの人だろ?三番隊の……」
「市丸の後釜だって言うからどんな人かと思えば女じゃねえか」
「そうそう、噂ではあの離反した三人と親しかったらしいぜ」
「なんだよ、三番隊からまた裏切り者でも出んのかよ」



三番隊の隊士は少しは私のことを隊長として受け入れてくれると思う。
それでも、他の隊の隊士達はやっぱり気に食わないみたいで。
特に、私のことを知らない若い隊士は。



「夜さん、行きましょう」
「うん、ごめんねイヅル」
「何がですか?ほら、早く行かないと京楽隊長が待っていますよ」



イヅルが私をその場から遠ざけようとしているのがわかる。
私は別に自分のことを何と言われようが構わない。
そんなのわかりきっていたことだ。
でも、私がこんな風に言われることによって三番隊隊士に、特にイヅルに辛い思いをさせていることも確かだ。



「イヅル、先に帰ってていいよ。京楽さんとご飯食べに行くから」
「わかりました。飲みすぎないようにしてくださいね」



八番隊で仕事の話を終えた後、イヅルを先に返した。
京楽さんも空気を読んで副官を退室させ、二人で料亭へと向かった。



「夜ちゃんも大変みたいだねえ」
「まあ、大変っちゃあ大変かな。イヅルに迷惑かけっぱなしだし」
「吉良君は優しい子だからね。気に病むのも仕方がないよ」



長年隊長職に就いて、私の何倍もいろんなことを目にしている京楽さんは静かに杯を傾けた。
隊士達の噂話は彼の耳にも届いているはず。
あることないこと全てを含めて。



「確かに夜ちゃんはしばらく瀞霊廷に居なかったからねえ。隊士達が不思議がるのも仕方ないかな」
「文句があるなら直接言いに来いっての」
「いやいや、隊長に直訴できる子なら陰でこそこそしないよ」



それもそうか。
それにしてもこの状況はどうにかならないものか。
このままだとイヅルの胃に穴が空きそうだ。



「吉良君もさ、夜ちゃんのこと隊長として認めてるから心配してるんだろう?だったら夜ちゃんは隊長の仕事を頑張ればいい、そして、たまには息抜きさせてあげるといいんじゃないかな」
「息抜き、ね。ありがと、京楽さん」



この人に相談してみてよかったと思った。
今も昔も、私に欲しい言葉をくれる。
まるで兄のように。
そして京楽さんと別れた後、三番隊に向かうとまだ机に向かっているイヅルがいた。



「イヅル、まだ仕事してたの?」
「はい。急ぎの書類が……」
「それなら私が明日やるよ。それよりどう?これから。まだ飲み足りなくてさ」
「はい、喜んで」



二つ返事で了承したイヅルを連れて、大衆居酒屋へと向かう。
さっきみたいな料亭も嫌いじゃないけど、私にはやっぱりこっちのほうが落ち着く。
カウンターの隅に座ると、適当に料理を頼んだ。



「じゃ、乾杯」
「お疲れ様です」



酒を飲んでいても、イヅルはどこか畏まった様子で。
もう仕事は終わったんだから肩の力を抜けばいいのにと思うけど、きっと彼の性分がそうさせるんだろう。



「ねえ、ギンちゃんとはこんな風に飲みに行ったりしたの?」
「いえ、市丸隊長は一人がお好きなようでしたから……」
「ふうん、じゃあ私とはこれからちょくちょく飲みに行こうね」
「は、はい!」



お酒のせいでほんのり赤くなったイヅルを見ていると、なんだか弟のように思えてくる。
こんないい副官を置いていってしまうなんて、ギンちゃんも今頃虚圏で後悔してるんだろう。



「イヅル、心配しなくてもいいからね?」
「何がですか?」
「私は居なくなったりしないから。イヅルや皆を裏切ってどこかに行っちゃうなんてことはないからさ」



はっとしたような顔をしてすぐに俯いてしまったイヅル。
顔を覗き込んでみれば、ぽたぽたと雫が落ちてきた。



「ちょ、泣かないでよ!私悪い奴見たいじゃん!」
「すみません、その……嬉しかったもので。もしかしたら周囲からの陰口に耐えられなくなった夜さんも居なくなっちゃうんじゃないかって……」
「わかった、わかったから泣くなって。私がそんなんで心折れるような繊細な人に見える?」



目を真っ赤にするイヅルをなんとか泣きやませようと試みていると、後ろから嫌な声がした。
振り返るとニヤリと笑った乱と修ちゃんの姿。



「夜さん、吉良泣かせたの?」
「乱!違うんだってこれは……」
「おい吉良、俺をさし置いて月闇隊長と二人で飲みに行くなんてなあ」



恥ずかしさでさらに顔を真っ赤にしたイヅルを囲んで、席を移動しての宴会となった。
二、三時間もすれば完全に酔っぱらった私以外の三人。
畳に転がるイヅルを覗けば、気持ちよさそうに寝ていた。



「ちょっとは息抜きになったかな」
「市、丸隊長……」



寝言で呼ぶのは前任の隊長の名前。
まるであの事件の後の私みたいだと思った。
大切な人達が居なくなったあの日の。



「もう辛い思いはしなくていいからね」



呟いた言葉は、たぶん自分に向けて。
白い羽織を脱いでそっと大切な副官にかけた。



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