振り返れば、いつも



皆さんこんにちは、三番隊副隊長の吉良イヅルです。
皆さんも知っての通り、僕の隊の隊長は少し前に尸魂界を裏切りました。
そして、新しい隊長が来て少し経った頃。



「イヅルーお茶ー」
「はい!」



僕のことをイヅル、と呼ぶのはあの狐目の隊長ではなく先日三番隊隊長に就任した月闇夜さん。
月闇隊長と呼んだら怒られたので夜さんと呼んでいます。



「ありがと。これ終わったら一番隊に行くから」
「え?」



一番隊に?
そんなこと一言も聞いていませんが。
一番隊に行くということは恐らく総隊長に会うのでしょう。
僕の弱りきった胃は今日もきりきりと痛んでいます。



「夜さん、なんで一番隊に……」
「あれだよあれ、ほら……」
「用件を忘れたんですね」
「うん」



そんなこと笑顔で言わないでください。
重厚な扉はすぐそこだというのに、夜さんはいつものようにへらへらと笑っています。
こんなところは市丸……隊長に似ているかもしれません。



「ジジイ!来てやったよ」
「夜さん!総隊長に向かってそれは……」
「夜!口のきき方に気を付けぬか!」



扉を開けるなりジジイこと総隊長を呼びつけた夜さん。
今更ながらに一体何者なのかと不思議に思います。
総隊長の強大な霊圧を前に縮こまっている僕を他所に、今日は何の用だっけと総隊長に聞いている夜さんは、ある意味市丸隊長より怖い人なのかもしれません。



「吉良、夜はよくやっとるかのう?」
「は、はい!」
「当たり前じゃん、ギンちゃんにできて私にできないはずないっての」



どうやら、用件というのは隊長に就任したあとに何か問題がなかったかどうかを確かめることのようです。
僕の返答に満足気な様子の総隊長と夜さん。
本当に夜さんはよくやってくれていると思います。
隊長が居なくなって一人で三番隊を切り盛りするのは正直辛かったんです。



「そうか。こやつが何か問題を起こしおったらすぐに言うのじゃぞ?」
「はい、ありがとうございます」
「そんな心配しなくていいって」
「夜は黙っておれ」
「……はーい」



総隊長と面と向かって話をするなんてそうそうないこと。
緊張のあまり何を話していいのかすらわかりません。



「話はそれだけ?」
「ああ」
「じゃ、もう行くよ。イヅル!」
「はい!失礼しました」



足早に隊首室を出る夜さんの背中を見る総隊長が、なんだか孫娘を見るおじいちゃんに見えたのは気のせいでしょうか。
夜さんはきっと可愛がられているんだなあと思った瞬間でした。



「イヅル、大丈夫?」
「何がですか?」
「あのジジイもうちょい霊圧下げろっての」



何かと思えば、総隊長の霊圧で苦しんでいた僕のことを心配してくれていたようです。
まだ上司と部下という関係になって間もないというのに、こうやって僕のことを気遣ってくれる夜さんは優しい人なんだと思います。
そういえば、市丸隊長も仕事はサボってばかりだし最終的には僕をも騙して消えてしまったけれど、ああ見えて優しい人だったななんて思い出してしまいます。



「そうだ、イヅル、ついておいで」



前を歩いていた夜さんがふと振り返って僕にいつものように笑いかけた。
その姿があの時の、僕を牢から出してくれた時の市丸隊長と重なって。



「どうした、具合でも悪い?」
「い、いえ!」



やっぱりそんな簡単に市丸隊長を敵だなんて思えないんです。
今もふらっと戻ってきそうな気さえするんです。



「今ギンちゃんのこと考えてたでしょ?」
「何で!?」
「顔に出てんだもん」



わかり易いから、と笑う夜さんの背中を見ながら、きっとこの人は僕の心の内なんて全てお見通しなんだと思いました。
だからこそ僕に隊長と呼ぶなって言ってくれて。



「夜さん、ありがとうございます」
「いきなりどうしたんだよ、ほらさっさと行くよ!」



だから今日は、感謝の気持ちも込めて勤務時間中に甘味処に行くのも許してあげます。
今度は、今度こそは貴女が振り返った先にいつも僕が居れるように。



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