恋情ラブソティ



「なあ吉良、それって恋ってやつなんじゃねえの?」



半ばからかいで放った檜佐木の言葉は、吉良の心にずしりと重くのしかかった。
新しい隊長が来て数カ月、隊は以前と同じように何の問題もなく回り、活気を取り戻していた。
そんな中、共に隊長が離反した隊の副隊長を務める檜佐木と飲みに行ったのが何かの間違いだったのだろうか。



「恋、ですか!?」
「そうだそうだ、ぜってえ恋だ。それにしても吉良がなあ……俺はてっきり雛森のことが好きなもんだと」
「か、勝手に決め付けないで下さい!」



杯片手にケラケラと笑う檜佐木と、顔を真っ赤にして反論する吉良。
一見すれば仲のいい先輩後輩の図なのだが、吉良にとってはそうもいかない。



「ま、俺に任せとけって」
「任せるって何をですか!?」
「遠慮すんなって」



全く会話がかみ合っていない二人だが、これはいつものことなので気にすることはない。
かくして檜佐木による壮大な計画が幕を開けたのだ。



「失礼します、九番隊の檜佐木です」
「どーぞ」



中に入るとへらりとした笑顔で迎えてくれた三番隊隊長、月闇夜。
彼女に会うのは初めてではないけれど、こうやって言葉を交わすのは初めてかもしれない。



「要ちゃんとこの子だよねえ、刺青君って」
「い、刺青!?」
「だって頬に刺青あんじゃん」
「あの……俺の名前は檜佐木です、檜佐木修兵」
「じゃ、修ちゃんね」



ものの数分で修ちゃんと呼ばれる仲になってしまった。
この人ならば三番隊も吉良のことも引っ張っていけるだろうなと妙に納得してしまう檜佐木。
そして、此処に来た目的を告げた。



「あの、九番隊と三番隊で合同演習をさせていただけませんか?」
「いいよー、いつがいい?今日?」



あっさりと了承されて拍子抜けする。
昨日の夜綿密に計画を練ったのに、早くも台無しになりそな気がする。



「三番隊に合わせますよ」
「んー、なら明日!ジジイには修ちゃんが報告しといて」
「……ジジイ?」
「総隊長のジジイだよ」



は?と間抜けな声を出す。
未だかつて総隊長のことをジジイ呼ばわりする人がいただろうか。
目の前の隊長は一体何者なのかと思っていれば、その人はまたもやへらりと笑った。



「じゃ、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」



九番隊へと戻る道すがら、檜佐木は小さくガッツポーズを決めていた。
それは吉良に向けて、計画は滞りなく進んでいるという意味を込めてのものだった。
そして翌日、三番隊隊舎にて合同演習が執り行われた。



「おらおらあー気抜いてんじゃねえぞ!」



今回の演習は何も吉良のためだけに計画したものではない。
隊長を失って士気の落ちていた自隊の隊士に、あえて同じく隊長を失った三番隊の姿を見せることで、再び士気を取り戻させようとしてのことだった。



「おい吉良、俺達もやるか」
「え、檜佐木さんと僕がですか?」
「副隊長もやんなきゃ示しがつかねえだろうが」
「イヅル、行っといで」



夜の一言により檜佐木と吉良の打ち合いが始まった。
初めこそ拮抗していたものの、徐々に吉良が圧され始める。
そして、鍔迫り合いになった時、檜佐木が小さく吉良に言った。



「お前にいいとこやるよ」
「え?」



吉良が問う前に、檜佐木はがくんとその場に膝をついた。
慌てて吉良が檜佐木に手を伸ばすと、夜の声がそれを遮った。



「イヅル、そんな腰抜けに手貸すんじゃないよ」



檜佐木の前に歩み出ると、その胸倉を掴んで無理矢理に立たせた。
一睨みした後、檜佐木の身体を突き飛ばす。
その様子を見ていた吉良他隊員達は何が起こったのかとざわめき立つ。



「修兵、てめえなめてんのか?何手抜いてんだよ。てめえの隊は隊長が居ねえんだろ?てめえが隊長の代わりなんだろ?だったらうちの副官なんかに負けてんじゃねえよ。自分の隊の頭は他隊の副官より弱いなんて、隊士らに思わせんじゃねえ!」
「夜さん、それくらいで……」
「イヅルは黙ってな。今は修兵に言ってんだよ、そこに転がってる腰抜けにな」



普段の姿からは想像もできないような鋭い眼差し、冷たい声音。
そこに居た誰もが初めて夜のことを怖いと思った瞬間だった。



「さて、今日の演習はここまで。皆、広間で宴会の準備ー」



先ほどとは打って変わって、いつもの調子に戻った夜。
未だ立ち上がれない檜佐木の元に近づくと手を差し伸べた。



「修ちゃん、痛かった?」
「い、いえ……」



本当に先ほどと同じ人物なのだろうか。
へらりと笑う目の前の女と、自分を突き飛ばした女がどうやっても一つに繋がらない。
困惑する檜佐木を他所に、夜は無理矢理に彼を立たせた。



「あんだけ言っとけば大丈夫だろうね。これで修ちゃんの面目も保たれたっと」
「俺の?」
「そ、修ちゃんはね、九番隊のトップなの。要ちゃんが居なくなったのは修ちゃんにはどうしようもないことだけど、現実からは逃げられない。だから、修ちゃんには九番隊のお手本になってもらわないとね」



背中をパシッと叩かれて、檜佐木がよろめく。
そんな様子を笑いながら見ている夜は、間違いなく隊長の器を持った人だと檜佐木は思っていた。



「悪い吉良、俺お前に協力できねえわ……」
「修ちゃん、酒飲むよー」
「はい!」



さっさと宴会場へと向かう夜の背を見ながら、吉良に向けて小さく謝った檜佐木の声は、誰に届くこともなかった。



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