不思議な人



新しい三番隊隊長、月闇夜はあっという間に隊士に溶け込んでいた。
彼女の存在を知っていた者は一人もいなかったが、仕事はできる、誰にでもわけ隔てなく接するという彼女の振る舞いに、隊長を失って暗く沈んでいた隊に光が差したようだった。



「隊長、お客様がお見えです」
「はーい。つーかイヅル、隊長って呼ぶのやめてくれない?」
「しかし……」
「イヅルがギンちゃんのこと慕ってたってのは乱から聞いてる。無理に隊長だなんて呼ばなくてもいいんだよ」



思ってもみなかった言葉に思わず黙り込む。
いつまでも引きずっていてはいけない、そう頭では理解しているのに。
そんな吉良の心の内を知ってか知らずか、夜はいつものようにへらりと笑った。



「ま、私が隊長って呼ばれるのに慣れてないってのもあるんだけどね」



失礼しますと告げて、吉良は客と入れ違いに隊首室を出た。
そして入ってきたのは六番隊隊長、朽木白哉。
いつものごとく無表情だが、わずかばかりに眉間に皺が寄っている。



「あら白哉坊、どうしたの?」
「その呼び名はやめろ。単刀直入に言うが兄は何故隊長の任を引き受けたのだ。兄は」
「ストーップ、私が隊長になったのはあのジジイになれって言われたから。それに、もうアイツは此処にはいない、そうでしょ?」
「だが……」



まだ何か言いたそうな様子の朽木の口に、夜は傍らに置いてあった茶菓子を詰め込む。
もう何も言うな、そう伝えるように。



「私だって昔は護廷の副隊長としてやってたんだから、ちょっとやそっとのことじゃへこたれないよ。それに、もう護廷は変わった。だからジジイも私を呼び戻したんだと思う」
「……そうか。何か力になれることがあれば私に言うがいい」
「へえ、大層な口を聞くようになったもんだね、白哉坊」
「その言い方はやめろと……」



呆れる朽木だったが、昔からこの女には敵わないということを思い出したのか口を噤んだ。
あれから何十年もの時が経ったのに、護廷はこんなにも変わったのに、目の前の女は昔と何一つ変わってはいない。
それを喜ぶべきか否か。
いや、喜ぶべきことなのだろう。
邪魔をした、と一言言い残して朽木は三番隊を去った。



「イヅル、もういいよー」



夜の声とともに、申し訳なさそうな顔をした吉良が顔を出した。
彼の名誉のために言っておけば、決して盗み聞きをしようとしていたわけではない。
たまたま聞こえた、ただそれだけのことなのだ。



「すみません……」
「別に謝らなくてもいいよ、いずれ知ることにはなってただろうし」
「あの……以前副隊長をなさっていたというのは……」
「本当だよ。イヅルが死神になる少し前までかな、私十一番隊の副隊長だったんだ」
「十一番隊!?」



十一番隊といえば、護廷屈指の戦闘部隊だ。
戦い好きの荒くれ者の集団、それが十一番隊なのだ。



「びっくりした?まあ、あんまり表に出なかったから、このことを知ってるのは……そうだねえ、隊長格だったらジジイと京楽さん、浮竹さん、烈さん、白哉坊と……あ、あと涅君と乱くらいかな」
「あの、失礼ですが隊長はいつから死神を?」
「だから、隊長ってのはやめてって。そうだね、真子と同期って言ってもわかんないか……惣ちゃんのちょっと前くらいかな」



惣ちゃん、と親しげに紡がれた名前は恐らく先日尸魂界を去った藍染惣右介のことなのだろう。
となれば、もう死神になってかなりの年月が経っているということになる。
何故今まで表舞台に出ることがなかったのか。
随分と前に副隊長の任に就いていたのならば、彼女の実力があればとっくに隊長になっていてもおかしくはないはず。
吉良の頭の中では様々な思考が飛び交っていた。



「イヅル、どうした?」
「い、いえ。隊長って凄いんですね」
「凄くなんかないよ。私は尸魂界から逃げ出した弱虫なんだからさ。それより、隊長って呼ぶな!夜さんと呼べ!これ、隊長命令だから」



職権乱用ですなどと言えるはずもなく、吉良は小さい声でわかりましたと返事をした。
その声が聞こえたのか否か、夜はいつものようにへらりと笑った。



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