きっと私は今でも子供で



門の前で立ち止まる。
できることなら此処には来たくなかった。
たまたまイヅルが休みで、たまたま隊長格しか閲覧できない書類が回って来て、そしてたまたまそれを十一番隊に持って行かないといけなかったのだ。



「よし、入るか」



意を決して門をくぐる。
此処に来るのは何十年ぶりになるんだろう。
かつては此処の副隊長として働いていた私。
聞こえてくる隊士達の声は昔と何も変わっていない。
十一番隊は今も護廷筆頭の戦闘部隊なのだ。



「失礼しまーす。三番隊の月闇です」



隊首室に入るとそこに居たのはまさに此処の隊長で。
顔を合わせたことはあるけれど、話をしたことはない。
この人も戦いが好きそうだな。
十一番隊の隊長ってことは前の隊長よりも強いんだろう。



「あ?月闇か、珍しいな」
「今日は副官が休みなんですよ」
「せっかくだ、茶でも飲んで行け」



いいですよと断ろうとすると、彼はすぐに隊士を呼び寄せて茶を持って来させた。
湯気の立つ茶を前に沈黙。
何とも居心地が悪い。
そもそもこの更木は何故私を引きとめたのだろうか。
やっぱり昔の事、だろうか。



「とりあえずあれだ、久しぶりだな」
「……覚えていらっしゃったんですか」
「慣れねえ敬語なんざ使うんじゃねえよ。あん時は俺に食ってかかって来た癖によ」



記憶が蘇る。
あの日、先代の剣八であった私の上司がこの男にやられた日。
それは同時に私が解放された日でもあった。



「何で急に居なくなった」
「それは……先代の隊長が居なくなって、やっと私は自由を手に入れた。もう縛られるのは御免だと思ったから」
「そうか」



正直に言うならば、この男には感謝している。
その昔、今から数えれば先々代に当たる隊長の時、私は十一番隊の副隊長になった。
でも、その隊長はすぐに勝負に負けてしまった。
それからのことは思い出したくない。
私はまるで籠の中の鳥で、自由なんて無いに等しかったから。



「更木には感謝してる。あのままだったら私はきっとどうかなってた」
「別に、俺はお前の為に先代に勝ったわけじゃねえよ」
「わかってる。わかってるけど、感謝してんの」



照れくさそうな表情をする更木なんて、滅多に見られないんだと思う。
それからすぐに十一番隊の他の席官がやって来た。
今まで避けていたから初めて会う人ばかりで、それなのにやけに居心地が良かった。



「夜さん、今から飲みに行きましょうよ」
「あー、そうしたいのは山々なんだけど、今日はイヅルが休みだから隊に戻らないと」
「大丈夫ですよ、少しくらい。吉良副隊長も誘いましょうよ」



半ば強引に連れて来られた居酒屋。
何故かそこには乱やら修ちゃんやら恋次まで居て、しばらくするとイヅルもやってきた。
どうやらこの弓親や一角とは皆飲み仲間らしく、勝手知ったる様子で宴会が始まる。
それにしても、皆よく飲むなあ。



「月闇」



声をかけて来たのは剣八。
やちるはというと、彼の隣ですやすやと寝ている。
副隊長とは言えまだまだ子供なんだな。



「お前はいい副官を持ったみてえだな」
「まあね」



視線の先には酔っぱらって他の人に絡んでいるイヅル。
ところどころ聞こえてくる話の内容はもっぱら私のことで。
嬉しいやら恥ずかしいやらで誤魔化すように笑った。



「いいんじゃねえのか、餓鬼でも。吉良のほうがよっぽど大人みてえだしな」



私の心を読んだかのように剣八が呟いた。
あの日死神という仕事から、護廷という組織から逃げ出した私。
戻って来てみれば様子は様変わりしていて、最初はもう私の居場所なんか何処にもないんじゃないかと思った。



「夜さーん、来て下さいよー」
「ちょっと、あんまりイヅルに飲ませ過ぎないでよ!」



でも、そんな心配は杞憂に終わった。
私の居場所は確かにここにあって、それは昔と少しも変わらなかった。
今日もまたイヅルを宿舎まで連れて帰らないといけないのだろうか。
そんな心配さえも嬉しいと感じるほどに。



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