一見平和に見える街。
その街にも裏というものが存在する。
これは、その裏に迷い込んでしまった一人の女の話。




『寒っ』



とある冬の夕暮れ、かじかむ手に息を吹きかけながら家路を急いでいた。
帰ったら温かいミルクティーでも飲もうか、そんなことを考えながら。



『危なっ、全くちゃんと前見て運転しろっての』



後ろから猛スピードで走って来た車。
避けなければ確実にぶつかっていただろう。
そして、その車の所為で昨日降った雪が溶けてできた水たまりの水が跳ねた。



『あー最悪』



お気に入りの黒いコートに大きくできた濃い染み。
クリーニングに出せば、黒ということもありそんなに目立たないだろうか。



「大丈夫っスか、お嬢さん」



声をかけて来たのは、下は黒のスーツに上は白シャツのみというなんとも寒そうな服装の男。



『あ、はい』
「コート濡れてるじゃないですか、風邪ひきますよ。よかったらウチの店でお茶でも飲んで行きませんか?」



あんたに言われたくない。
そして見るからに怪しい。
そんな感想を抱きつつも、家まではもう少しあるし何より寒い。



『じゃあ、お言葉に甘えて』
「いえいえ。さあこちらへどうぞ」



そう言って男が入っていったのは古ぼけた、いや趣のある喫茶店。
毎日通っている道だけれど、気に止めたこともなかった。
促されるままに中へ入ると客はおらず、恐らく店主なのであろうその男は手慣れた手つきでおしぼりを差し出した。



「飲み物は何がいいですか?」
『温かいミルクティーがいいです』



はい、と返事をして紅茶の葉を取りだす様は、まさに喫茶店のマスターといった感じ。
しばらくして目の前に置かれたいい香りのするミルクティーに口を付ければ、冷え切った体がだんだんと温まってきた。



「お嬢さんは学生さんですか?」
『はい、近くの大学に通っています』
「そうなんですか。私はここのオーナーの浦原喜助と申します。以後、お見知りおきを」



へらりと笑う浦原さん。
第一印象の怪しい人からいい人かも知れない人へと格上げした。



『あ、私は霜月ゆりといいます』
「ゆりサンですね、よかったらちょくちょく来て下さい」
『ぜひ』



それから私達が交わしたのはなんの変哲もない会話。
この日わかったのは、浦原さんはいい人だということだけだった。



『それじゃあ、ごちそうさまでした』
「いいえ、またお待ちしてます」



店を出て振り返れば、喫茶ギリアという文字が目に入った。
それを目に焼き付けて、私は再び寒さに耐えながら温かい家を目指した。


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