それから、石田君の姿は見ていない。 元々4年間も同じ大学に居て顔を合わせたことがないのだから、そう不思議なことではない。 そしてある日の夜、帰宅した私の目の前には見覚えのある人がいた。 「おかえり、ゆりちゃん」 『市丸さん?』 マンションの前に立っていたのは市丸さんだった。 彼は初めて会った時のように笑みを浮かべていた。 思えば、私の知る市丸さんはいつもこうして笑みを浮かべている気がする。 『どうしたんですか、こんな遅くに』 「ちょっと用があってな。家に上がってもええ?」 時刻はもうすぐ日付が変わろうという頃。 別段それを断る理由もなく、私は市丸さんを部屋へと招き入れた。 「最近ゆりちゃん一人で動いてるて聞いたんやけど、本当?」 部屋に入りお茶を出すと、まず市丸さんの口から出てきたのはその言葉。 確かに私はほとんど一人で任務をこなすことが多いけれど、それがどうしたというのだろうか。 首を縦に振ると、市丸さんは珍しく考え込むような仕草をした。 「なあゆりちゃん、ボクの下で働いてみる気ない?」 『え?』 それはあまりにも唐突な提案だった。 ギリアに入れと言われた時よりも、その言葉の指す意味を知っているからこそだ。 「すぐに、とは言わへん。ゆりちゃんが学校卒業してからでもええし、そんならそれまでの間は特別隊にはウチの隊の補佐してもらえるように頼んでみるさかい」 『あの、なんで私が……』 市丸さんの部下になるということはつまり、ギリアの正式なメンバーとなること。 いわばバイトのような状況から正社員になるといったところだろうか。 当然のことながら、学校を続けながらというわけにはいかない。 それでも市丸さんの目は真剣そのもので、とても冗談を言っているようには思えなかった。 「ゆりちゃんは気づいてへんかもしれんけど、ボクらの仕事は思うたより危険なもんや。前は一護くんが居って二人やったからそないに気にすることもなかったけど、一人となれば話は変わる」 最近になって、一護はあまり仕事を受けなくなった。 学校が忙しく、隣の部屋に住んでいる私でさえたまに顔を合わせる程度だ。 そして、一護と二人であたるはずだった任務は私一人でやっている。 『私は別に構いません。現に、何の問題もありませんし』 「今まで大丈夫やったからって、これからも大丈夫やなんて言えへん」 『そんな、市丸さんに心配していただかなくても……』 「ゆりは覚えてへんのやったね」 え?と聞き返す前に、市丸さんは立ちあがって玄関へと向かった。 慌てて追いかけると、彼はこちらを一瞥して部屋から出た。 「この話は総隊長さんに言うとくから」 最後に残した言葉は、私に拒否権なんてないことを伝えるものだった。 ← back |