『ギン』 声をかけると彼の気だるそうな瞳が薄らと私を捉えた。 久しぶりに入った彼の部屋はまさに散らかり放題という言葉の似合うもので、此処最近の彼の態度からも何かあったのではないかと思ってしまう。 『最近変だよ?』 「まあそうやろうなあ、何もする気せえへんもん」 上体を起こした彼はその場に胡坐をかく。 とりあえず座る場所を確保する程度に物を避けて、彼の近くに座るといきなり腕を掴まれた。 「ゆり、ボクが行かんといて言うたらどないする?」 『何言ってんの、四十六室の決定は絶対なんだよ』 「せやんなあ、どうにもならへんよなあ……」 俯くギンはいつもより小さく見えて、少し痩せたようにも思う。 どうしてこれほどまでに彼はやる気をなくしてしまったんだろうか。 思い当たることと言えば、私の昇進くらいだろうか。 「ボクな、ずっとゆりはボクの傍に居ると思うててん。ボクが隊長になる時も、ゆり以外の副官なんて考えもせんやった。せやのになしていきなりボクの前から居らんようになるん?ボクはゆりが居らんと駄目なんに」 『ギン……』 俯いたギンの顔からぽたりと雫が落ちた。 彼の来ている紺色の着物に一つ染みを作り、徐々にそれは大きくなっていった。 『ギン、私もギンと離れるのは寂しいし嫌だよ。でも、いつまでも同じ場所にいることなんてできないんだと思う』 「せやけど、零番隊なんて行ったらもう会えへんかもしれんやないの」 『そんなのわからないよ。もしかしたらまた戻ってくることになるかもしれないし』 「せやけど、そん時ボクが此処に居る保障なんてどこにもないんや」 『何言ってんの、ギンが生きてれば、元気で隊長やってればまた会えるって』 「そないなこと……」 それっきりギンは言葉を発しなかった。 ギンは強い。 ちょっとやそっとのことじゃ負けないことも、私が誰より知ってる。 だから、きっとまた会えるとこの時はそう思っていたんだ。 そして時は無常にも過ぎ去り、私の異動の日がやってきた。 すっかり自分の隊となった三番隊を去る時、ギンと吉良君が見送ってくれた。 「ゆり、死んだらあかんよ」 『わかってるって』 「霜月副隊長、市丸隊長のことは任せてくださいね」 『頼んだよ、吉良副隊長。ギンも、吉良君に迷惑かけたら許さないからね』 「わかっとるって。こっちに来れる時があったら、真っ先にボクんとこ来るんよ?」 『うん、じゃあまたね』 涙が零れそうになるのを必死に堪えて、私は瀞霊廷を出た。 そして、私は零番隊の一員となったのだ。 ← back |