>> 1 『嘘……………』 どうやらギンと香奈は同じマンションに住んでいたらしい。 香奈は仕事が忙しく、平日は深夜遅くに帰宅することが多かったため、今までギンに鉢合わせることがなかったのだ。 「なんや、知らんかったわァ〜」 ギンはさっさとコンビニに入り、酒を選んでいく。 「こんくらいでええやろ、行くで」 香奈に声をかけると、ギンはマンションの中へと入っていく。 「何階?」 『12階』 「ボクの上の階やね」 エレベーターに乗り込むと、ギンは香奈の言った階のボタンを押した。 『ここ。ちょっと待っててね』 ギンを廊下に待たせると、香奈は部屋を片付けるべく中に入る。 『別に片付ける必要もないか…』 香奈の部屋は片付いている。 というか、必要最低限のものしか置いていないのだ。 『これは…捨てておこう』 香奈が手にしたのは男物のライター。 先日別れた男の忘れ物だ。 ライターをごみ箱に放り込むと、香奈はギンを呼んだ。 『いいよー』 お邪魔しますという声が聞こえ、ギンが入ってきた。 「なんやの、片付いとるやん」 『元々そんなに物置いてないからね』 適当に座っててとギンに言うと、香奈はグラスを取りにキッチンへと向かった。 一人残されたギンの視線の先には、ごみ箱の中で光るライター。 『お待たせ』 香奈がグラスを手にして戻ってきた。 二人分の酒を注ぐと、ギンにグラスを渡す。 『それじゃあ改めて、乾杯』 カランと二つのグラスが触れる。 香奈は机上に置いてある煙草に手を伸ばそうとしてやめた。 『あ、ボーカリストの前で吸っちゃ駄目だね』 ごめんと言いながら、再びグラスを手にとる。 「ええよ、ボクも吸うし。それに、ボクほんまはボーカルちゃうし」 ギンは自らの鞄から煙草を取り出し、火をつける。 香奈もそれならと煙草に手を伸ばす。 『ボーカルじゃないってどういうこと?』 先ほどのギンの言葉が気になり、香奈は尋ねる。 「ボク本当はギターなんよ。せやけど他にいいボーカル見つからんかって、ボクがやってん」 へえ〜と相槌をうちながら、香奈はギンを見る。 すると、突然ギンは香奈の顔をじっと見つめた。 「なァ、香奈って彼氏おるん?」 は?と驚いたような顔でギンを見ると、ギンはごみ箱を指差した。 「男物のライター捨ててあったから…」 『ああ、あれは別れた彼氏の。今は居ないよ』 「“今は”ねえ…」 何かを含んだような言葉を吐くギンに、香奈は不思議そうな顔を向ける。 『どうしたの?』 「何でもないよ、さ、飲も」 ギンにはぐらかされ、二人は再びグラスに口を付けた。 prev//next back |