>> 3 まだがらんとした開場。 お客さんを入れるまでにはまだ時間がある。 私は楽屋へと向かった。 『失礼します、美空です』 中に入ると、すでにメンバーは揃っていた。 「今日はよろしく頼むで」 『もちろんです。皆さんはステージのことだけを考えていてください』 真子の顔は自信に満ち溢れていた。 いい顔だ。 これなら今日は大丈夫だろう。 『リハーサルは一時から行います。それまではゆっくりしていてください』 楽屋を出て向かう先は近くの喫茶店。 少し早いけれど昼食だ。 乱菊に声をかけたらついてくると言った。 「新曲って楽しみね」 『リハの時に聴けるね。どんな曲かしら』 「あら、聞いてないの?リハでもやらないらしいわよ。ぶっつけ本番だって」 嘘でしょ? 今日は失敗が許されない。 音響とかちゃんとチェックしないといけないのに… 「そんな顔しなくても大丈夫よ!アンタの元バンドメンバーでしょ、信じてあげなさい」 乱菊に言われて渋々頷いた。 全く、本当にこの親友には敵わない。 リハも終わり、いよいよお客さんが入ってきた。 チケットは完売。 客席は満員だ。 『女の子ばっかりね』 ステージの袖から客席を見る。 やはり、Faustの人気は予想以上だ。 今日のチケットも入手困難になっているらしい。 「そろそろ行くわよ」 乱菊に促されて、二階の関係者席へと向かう。 すると、そこには懐かしい顔があった。 『拳西!?ローズも!』 「久しぶりだな、香奈。真子にチケット貰ったんだ」 久しぶりに見る二人は昔となんら変わってはいなかった。 二人とも、学生時代のバンドメンバーが夢を叶えるのが嬉しいのだろう、仕事を休んで来たようだ。 『来るんなら連絡してくれればよかったのに』 「香奈を驚かせようと思ってね」 再会の挨拶もそこそこに、私は上司の元へと向かった。 「大盛況みたいだな」 『はい、おかげさまで』 「社長も来たみたいだぞ」 部長に言われて入り口を見ると、社長が此方に気づいた。 『藍染社長、お忙しいところをありがとうございます』 「かまわないよ。私も以前から彼らに興味を持っていたからね。君の元バンドメンバーも居ることだし」 この人、藍染社長は私の過去を知っている。 学生時代に私たちをスカウトしたうちの一人なのだ。 私をこの会社の社員として引き取ってくれた恩人でもある。 「本当は君にもあそこに立って欲しいのだけどね」 ステージを指差して彼は言う。 私はいつものように苦笑する。 『もう歌は歌えませんから』 あの時、decideが解散したあの時以来、私はステージに立つことはなかった。 それは私を残していったあの男へのせめてもの当てつけ。 それでも上から見るこの大きなステージは、私からすれば憧れで、より一層、元バンドメンバーの成功を願った。 prev//next back |