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まだがらんとした開場。
お客さんを入れるまでにはまだ時間がある。
私は楽屋へと向かった。



『失礼します、美空です』



中に入ると、すでにメンバーは揃っていた。



「今日はよろしく頼むで」

『もちろんです。皆さんはステージのことだけを考えていてください』



真子の顔は自信に満ち溢れていた。
いい顔だ。
これなら今日は大丈夫だろう。



『リハーサルは一時から行います。それまではゆっくりしていてください』



楽屋を出て向かう先は近くの喫茶店。
少し早いけれど昼食だ。
乱菊に声をかけたらついてくると言った。



「新曲って楽しみね」

『リハの時に聴けるね。どんな曲かしら』

「あら、聞いてないの?リハでもやらないらしいわよ。ぶっつけ本番だって」



嘘でしょ?
今日は失敗が許されない。
音響とかちゃんとチェックしないといけないのに…



「そんな顔しなくても大丈夫よ!アンタの元バンドメンバーでしょ、信じてあげなさい」



乱菊に言われて渋々頷いた。
全く、本当にこの親友には敵わない。

リハも終わり、いよいよお客さんが入ってきた。
チケットは完売。
客席は満員だ。



『女の子ばっかりね』



ステージの袖から客席を見る。
やはり、Faustの人気は予想以上だ。
今日のチケットも入手困難になっているらしい。



「そろそろ行くわよ」



乱菊に促されて、二階の関係者席へと向かう。
すると、そこには懐かしい顔があった。



『拳西!?ローズも!』

「久しぶりだな、香奈。真子にチケット貰ったんだ」



久しぶりに見る二人は昔となんら変わってはいなかった。
二人とも、学生時代のバンドメンバーが夢を叶えるのが嬉しいのだろう、仕事を休んで来たようだ。



『来るんなら連絡してくれればよかったのに』

「香奈を驚かせようと思ってね」



再会の挨拶もそこそこに、私は上司の元へと向かった。



「大盛況みたいだな」

『はい、おかげさまで』

「社長も来たみたいだぞ」



部長に言われて入り口を見ると、社長が此方に気づいた。



『藍染社長、お忙しいところをありがとうございます』

「かまわないよ。私も以前から彼らに興味を持っていたからね。君の元バンドメンバーも居ることだし」



この人、藍染社長は私の過去を知っている。
学生時代に私たちをスカウトしたうちの一人なのだ。
私をこの会社の社員として引き取ってくれた恩人でもある。



「本当は君にもあそこに立って欲しいのだけどね」



ステージを指差して彼は言う。
私はいつものように苦笑する。



『もう歌は歌えませんから』



あの時、decideが解散したあの時以来、私はステージに立つことはなかった。
それは私を残していったあの男へのせめてもの当てつけ。
それでも上から見るこの大きなステージは、私からすれば憧れで、より一層、元バンドメンバーの成功を願った。

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