『でさあ……って聞いてる?』
「ああ聞いてるよ。で、ソイツがどうした」
『だから、思ってたのと違うとか抜かしてさあ、本当何だっての!』



目の前でちびちびと焼酎を飲んでいるこの男、原田左之助。
私より少し年上だけど、こうして友人のように普通に接している。
元家庭教師。
もう十年近く前の話。



『左之ってさあ、彼女いないの?』
「居ねえよ、意外とモテねえんだよ」
『嘘だーモテモテな癖に』
「煩え」



どうやら左之は女に興味がないらしい……そんなわけないんだけど。
こんな私達も昔は所謂恋人という関係だった。
そして、彼は私の初恋の人。
よくあるじゃない、家庭教師としてやってきた年上のお兄さんに恋しちゃうって話。
まさに私がそれだったわけで。
意を決して告白してみれば、断る気はねえよなんて余裕ぶっこいてそういう関係に。
それでも長くは続かなくて、何が理由だったかなんて忘れてしまうほど些細な理由で私たちは別れた。
私が餓鬼だったんだ。



「玲もそろそろちゃんとした彼氏作れよな」
『煩い、左之に言われたくない』



離れてから改めてその存在の大きさに気づくってのもよくある話で、私はずっと左之が好きだ。
それでも彼氏を作るのはこの目の前の男を忘れたいからで。
左之以上の男を探し求めては見たけれど、未だに見つからない。



――今、お前ん家の前



左之から突然メールが来たのはつい一時間ほど前のこと。
別れた後しばらく経てば、あたかも最初からそうだったように私達は友人となった。
私が彼氏やらの話をすれば左之の機嫌が悪くなるのはわかっていた。
それでも、私はほんの少しの意地の所為でまだ好きだなんて言えずにいる。
左之も左之で、たまに彼女ができたりしてるみたいだし、大方妹か何かのように思っているんだろう。



『左之ってさあ、格好いいよね』
「そんな当たり前のこと言ってんじゃねえよ」



これだ、これ。
この余裕な表情がムカつく。
家の外に出てみればスーツ姿の左之が居て、仕事帰りなんだとわかった。
スーツ姿も格好いいんだ、これが。



『大人になったんだねえ』
「なんだよ、突然。お前だって昔は生意気な餓鬼だったろうが」
『生意気ですみませんでしたね!』



こうやって普通に話せるようになって気付いたけれど、左之はいい奴だ。
男とか女だとかを抜きにしても、いい奴だと私は思ってる。



「でもまあ、ちっとは大人の女らしくなったかもな」



頭の上に手を置かれた。
やっぱり左之は私のことを子供扱いする。
私はもう、あの頃みたいな餓鬼じゃないのに。



「そんな玲にプレゼントだ」
『は?』



おもむろに左之が鞄の中から包みを取り出した。
今日は誕生日だっけ?いや違う。



「今日はバレンタインデーだからな。チョコをあげる相手のいない玲ちゃんにお兄さんからのプレゼントだ」
『バレンタインって女が男にあげるもんでしょうが』
「細かいことは気にすんなって。ほらあれだよ、逆チョコ。男が愛しい女にプレゼントするってのもいいだろ?」



頭の中が真っ白になった。
今何て言った?
いやいや、あり得ないから。
挙動不審になる私を見ながら左之は笑った。



「だから、玲のことが好きだって言ってんだよ」
『冗談きついですよー原田サン』
「冗談じゃねえって」



左之の目を見れば、彼が嘘を言っているようには思えなかった。
ドッキリかと思って辺りを見回してみるけれど、一般人の私に向けられるカメラはなかった……当たり前だけど。



「返事は?」
『……断る気はありませんよ』



悔しいから、いつか左之が私に言った言葉をそのまま返してみた。
ちなみに、プレゼントの中身は下着だった。
くそう左之の奴め!



END


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