隣の部屋に住む沖田さんは不思議な人だ。
此処に越して来てすぐ、マンションのエントランスでスーパーの袋が破れて中身をぶちまけてしまった私を笑いながら助けてくれたのが出逢い。
そこから部屋が隣同士だということを知って、いろいろとお世話になっている。
いや、私がお世話しているのか。



「玲ちゃん、おかえり」
『あーただいまです。沖田さんもお疲れ様』



エレベーターで偶然一緒になった。
彼は近くの企業の営業をしているらしく、上司が怖いんだといつも話している。
一方の私はというと、大学生で只今モラトリアムの真っ最中だ。



「今日は何作るの?」
『シチューです。最近寒いから』
「僕も食べたいなあ」
『よかったら一緒にどうですか?』
「やったー」



こんなやりとりも日常のこと。
一人暮らしでほとんど料理をしないという彼は、こうして時々私の料理を食べに来る。
一人で食べるのも味気ないし、誰かと食べるのも悪くないと思う。



「美味しい!玲ちゃんの料理はいつも美味しいよ」
『そんなに褒めても何も出ませんよ』
「本当のことだってば。こんなご飯がいつも食べれたらいいのにな」
『沖田さんなら、作ってくれる人の一人や二人いるでしょう』



シチューとサラダとパンという何の変哲もない食卓だけど、沖田さんと食べると何だか特別なものに思えてくる。
そう、何を隠そう私はこの沖田さんに恋しているのだ。



「そんな人が居たら今ここに居ないってば」
『それもそうですね。沖田さん性格悪いですしね』
「うわっ、玲ちゃんに言われたくないなあ」
『冗談ですよ。本当に性格悪いなんて思ってたら家に上げてませんって』



最後の一掬いを口に運ぶと、沖田さんはごちそうさまと言って食器をキッチンに運んだ。
戻って来た彼が持っていたのは二本のお酒で。



「飲むでしょ?明日休みだし」
『人の冷蔵庫から何勝手に持ってきてんですか』
「いいじゃん、今度倍にして返すから」



私も食事を終えて、二人で乾杯。
沖田さんが私のことをどう思ってるかなんてわからない。
でも、きっと妹か何かだと思っているんだろう。
彼はいつも私を子供扱いするから。



「ほら、そんな格好してたら風邪ひくよ」
『此処家の中ですから。寒いんなら暖房付けますよ』
「そういう意味じゃなくて、さ」



そう言って彼は私の肩に自分が着ていたパーカーをかけた。
それじゃあ沖田さんが寒いだろうと言って暖房のスイッチを入れようと立ち上がると、腕を掴まれて引きとめられた。



「こうすれば寒くないよ」
『沖田さん、何やってるんですか?』



クスクスと彼の笑い声が頭上から降ってくる今、私は彼の腕の中にいて。
自分の置かれている状況に頭がついていかない。



「玲ちゃんってさ、鈍いよね」
『そうでもないと思いますけど』
「じゃあ鈍感?」
『言ってること変わってませんよ』



次に私の頭上から降って来たのは優しい口づけ。
顔を真っ赤にした私を見てなおも笑い続ける沖田さん。
なんだか悔しくて私も仕返しをした。



「僕さ、玲ちゃんのこと好きだよ」
『私も沖田さんのこと好きですよ』
「沖田さん、じゃなくて総司」
『総司さん』
「総司」
『……総司』



隣に住む沖田さんは不思議な人だ。
自分勝手で意地悪で。
そして、私の大切な人。



END


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