『千景様、お茶を』
「ああ、そこに置いておいてくれ」
『冷めないうちにどうぞ』



私が千景様の元にお仕えするようになってもう随分と経つ。
山中に捨てられていたまだ子供だった私を拾ってくれたのが千景様で、それからずっと私は千景様に仕えてきた。



「玲、明日京に出る」
『新選組、ですか?』



千景様は静かに頷いた。
昔世話になった薩摩への義理返しだと言って上京したのはついこの間のこと。
京の町に出た千景様が見つけたのは彼と同じ鬼の女。
彼はその女鬼を嫁にするつもりらしい。



「ついて来るか?」
『よいのですか?』
「構わぬ。お前一人居たところで足手まといにすらならん」



正直に言うと気になっていた。
千景様の見染めたその女鬼のことが。
ただ鬼であるというだけで千景様に見染められた女のことが。



「俺から離れるな。はぐれると面倒だ」
『はい』



初めて目にした京の町は人で溢れていた。
今まで山奥でひっそりと暮らしてきた私にとって、目にするもの全てが珍しかった。
そんな中、私達の目の前からやってきたのは浅葱色の羽織を着た人達。
新選組だ。
そして、その中に居るのは袴を来てはいるけれど女子。



「お前、また千鶴に何かしに来たのか!?」



千景様にあからさまに敵意を向けてきたのは、私とそう歳の変わらないであろう少年。
先頭に立っているところを見れば、新選組の中でも偉い人なのだろうか。



「貴様に用はない。今日はただの野暮用だ」



その少年を一瞥すると、興味がないといったような顔で千景様は踵を返した。
私も慌ててその後を追おうとすると、少年に腕を掴まれた。



「お前、アイツに関わらないほうがいいぜ」
『放して下さい。千景様は貴方達が思っているよりもずっと……』
「玲、何をしている。行くぞ」



私が言い終わる前に、千景様の声が私を呼びとめた。
私はその少年に一礼すると、千景様の元へと走った。



『良かったのですか?先ほどの方は新選組なのでしょう?』
「構わん。今日は奴等の顔を見る気分ではない」
『でしたらわざわざ町に出て来ずともよかったのに』
「たまには玲も町に出たいだろう」



思いもよらないことを言われて、千景様の顔を見る。
そこにはいつもと同じ平然とした彼の顔があった。



「案ずるな、あの女鬼を嫁にするのは子孫を残すためだ」



本当はそんな言葉が聞きたいんじゃない。
けれども今はそんなこと、とてもじゃないけど言えない。



『ありがとうございます、千景様』



だから今はこれでいいんだ。
歩くような速さでゆっくりと、いつか隣に立てる日がくればいい。



END


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