そして、今日もまた。 『総司ー』 パタパタと走り寄って行けば、今日もまた嫌そうな顔をされる。 もう何年これを繰り返したんだろうか。 「玲、僕だって暇じゃないんだよ」 『屯所の中でぼーっと突っ立ってるその姿のどこが忙しそうに見えるのか、教えくれる?』 ふう、と溜息を吐いて総司が私のほうを見た。 その顔は、嫌だといいながらも心底迷惑しているというようには見えない。 こんな毎日が続いてもう何年目だろうか。 女の私を新選組に引き入れてくれた恩人は、幹部としてその仕事を見事にこなしている。 かく言う私はその補佐として、表向きは男としてその仕事をこなしている。 「ねえ玲」 『何?』 「僕、労咳らしいんだ」 『ふーん、そうなんだ』 労咳といえば、不治の病。 実をいえば、総司が何か普通の風邪じゃない何かにかかっているんじゃないかとは思っていた。 彼が時折咳き込む姿は、とても苦しそうに見えたから。 「驚かないの?」 『驚いたら治るの?』 「…そうだと嬉しいんだけどね」 いつものように笑っているかに見える彼の姿は、心なしか寂しそうに見えた。 きっと彼は、本当にどうしようもなくなるまでこのことを鬼の副長には言わないんだと思う。 仲間外れにされることを何より嫌う人だから。 『心配しないで、総司の分も私があの人に尽くしてあげるから』 「それなら心強いな」 『一番組も私に任せて、総司無しでもきっと大丈夫』 「僕無しで、か…」 心にもない台詞を吐いてみた。 新選組の一番隊は総司のもの。 私はあくまでもその補佐で、組長の代わりにはなれない。 それでも、彼を安心させたい、そう思った。 「本当に大丈夫?」 『きっと大丈夫、私を誰だと思ってんの?』 「僕の補佐」 迷うことなく返されたその答えは、まさに真理。 私は総司の補佐で、そのことはいままでもこれからも変わることはない。 『じゃあ、総司がいてくれなきゃ私の存在理由はないね』 「そうだよ」 それは、ずっとずっと前に交わされた約束。 幼い頃に交わされたそれは、今も私を心地よく縛り付けている。 ―玲はずっと僕の傍に居て、僕の助けになってね。 決して頼まれたわけではない。 あたかも決定事項かのように言われた言葉。 ―わかった。私は総司の傍にずっといるよ。 こんな陳腐な約束を守るため、私は組長にならなかった。 いや、なれなかった。 病床に伏せった総司は力ない笑顔で言葉を吐く。 「そろそろ、かな」 『そっか。今までお疲れ様』 「玲こそ、お疲れ様。やっと自由だね」 自由? そんなものいらない。 しいて言うなら、貴方の傍にいることで私は自由を得られたのだ。 『総司も、これで自由だよ』 幼い頃の約束に縛られず、好きなところに行けるんだよ。 「自由?僕はそんなものいらないな」 『私だっていらないよ。総司の傍に居れることが私にとっての自由、だから』 総司はにっこりと笑った。 私もにっこりと笑った。 言葉はそこで途切れた。 「約束…守ってくれてありがとう」 それっきり、総司は静かになった。 冷たくなったその身体は、彼らしくないと思った。 突然、身体の中から何かが込み上げてきた。 きっと私は約束を守れる。 ずっとずっと貴方の傍に。 手を見れば、真っ赤に染まった手のひら。 『傍…にいるから…』 そうして私はゆっくりと目を閉じた。 武士は約束を違わない。 私の存在理由は貴方だった。 それは、ほら、ずっとずっと前に交わした約束。 END back |