「では、よろしく頼む」 『ああ』 時折やってくる忍装束に身を包んだ者を送りだすと、外に左之助の姿があった。 『新選組が何の用だ』 「玲のこと調べさせてもらったぜ。有能な刺客なんだってな」 『私を捉えにでも来たか?』 「そんなんじゃねえよ、上がらせてもらうぜ」 返事も聞かず部屋に入った左之助は適当な場所に腰を下ろした。 生憎、来客用の湯呑もなければ茶菓子など用意したことすらない。 何もないことを詫びると彼は構わないと言った。 『何用だ』 「別に用があって来たわけじゃねえよ、ただ玲に会いに来ただけだ」 『おかしな奴だ』 それから左之助は他愛もない話を一方的にしていた。 新選組の話や京の町の話など、私の知らない表の世界の話を左之助は嬉しそうに語っていた。 「お前、寂しくないのか?」 唐突に左之助は尋ねてきた。 寂しい、とはどういう感情なのか。 もう何年もこうして一人でいるせいか、誰かと一緒に居るということのほうが私にとっては非日常なのだ。 『寂しい、という意味がわからない』 「はあ?お前やっぱどっか壊れてるぜ」 『ああ、私は壊れている。普通の人間でないことは重々承知している』 「そういう意味じゃねえって。ほら一応年頃の女なんだしよ、もっと着飾ってみてえとか好いた男の一人や二人いねえのか?」 『生憎、私には友人すらいない』 私の言葉にしばし沈黙した左之助だったが、すぐに私の目を見てはっきりと言った。 俺がお前の友人になる、と。 それから左之助は時折尋ねてくるようになった。 勝手に自分用の湯呑を持ちこみ、来る時には茶菓子や時には酒を持ってきた。 いつも話をするのは左之助のほうで、私はただ彼の話に耳を傾けていた。 そんなある日、土佐の坂本竜馬が殺されたという情報が私の耳にも届いた。 そして、彼を殺したのは新選組の原田である、とも。 『左之助、坂本を殺したのか?』 「ああ、お前の耳にも入っていたのか。言っとくが坂本さんを殺ったのは俺じゃねえ」 『そうか、よかった』 自分の発した言葉に驚いた。 何故だかわからなかったが、左之助が人を殺めていないことに安堵したのだ。 新選組の組長ともなれば、人を殺めることなど珍しくもないのに。 「なんだ、玲の口からそんな言葉が出るなんてな」 『すまぬ、つい……』 「よしよし、いい傾向だ。俺だって玲が人を殺めるのは好きじゃねえ。まあ仕事だからしょうがねえけどな」 左之助が私の頭に手を置いた。 この時、いつか彼に言われた言葉を思い出した。 一人で寂しくないのか、と。 今ならその感情がわかる気がする。 もう一人になるのは嫌だ。 『左之助』 「なんだ?」 『一人、は嫌だ。左之助がいなくなるのは嫌だ』 「そうか、奇遇だな。俺もそう思ってたところだ」 温かい感触はとうの昔に忘れたと思っていたものだった。 人のぬくもりなど、もう二度と感じることができないと思っていたのに。 二つ、護りたいものができた。 一つは左之助という男。 そして、もう一つは人の心。 もしかしたら私はまだ壊れていなかったのかもしれない。 寸でのところでこの男に助け出されたのかもしれない。 END ← back |