九番隊は忙しい隊だと思う。
もちろん他の隊も忙しいことに変わりはないのだろうけど、瀞霊廷通信の〆切前は徹夜なんてザラで。
今月も地獄のような編集作業の真っ最中。
後数時間で解放されるだろう。



「夜」
「あ、修……副隊長お疲れ様です」



声を掛けて来たこの男は自分の隊の副隊長兼腐れ縁の友人。
彼もまたこのところ寝ていないのだろう、元々目付きが悪いというのにさらに拍車がかかっている。



「お前に客が来てるぞ」
「客?」
「副官室に通してあるから行って来い」



珍しいこともあるものだ。
友人は今の時期には気を使ってくれて食事の誘いもないし、あったとしても直接私のところに来る。
わざわざ副隊長の修兵を通してだなんて一体誰なんだろう。
聞いてみても修兵は教えてくれなくて、私は言われるがままに副官室へと向かった。
今日はもう上がっていいと修兵に耳打ちされて。



「失礼しま……す」
「よお、久しぶりだな」



副官室の中に居たのは、紛れもなく技局の鬼こと阿近だった。
彼と修兵を通して知り合ったのはもう何十年も前の話。
以前はよく修兵と三人で飲みに行ったものだけれど、私も彼も席次が上がるにつれて忙しくなり、こうして顔を合わせるのは一年ぶりくらいなんじゃないだろうか。



「久しぶり、どうしたの?」
「飲みにでも行こうかと思ってよ」
「あ、修兵なら今日はもうちょっとかかるかも。最終チェックがあるだろうし」



副隊長で編集長代理でもある彼は、私よりも解放されるのは遅くなるだろう。
明日なら空いてると思うよと言えば、煙草の灰を落としながらそうじゃないと小さく呟かれた。
何がそうじゃないのだろうか。
というか、此処は禁煙だから。



「夜と二人で飲みに行こうって誘ってるんだ。そうじゃねえとわざわざこのクソ忙しい時を狙って来ねえよ」
「あー、別にいいけど」
「檜佐木が今日はもうお前は上がりだって言ってたし、準備して来い」



もしかして期待してもいいのか、そんな考えが頭を過った。
思えば阿近と飲みに行く時はいつも修兵も一緒で、邪魔者だなんて言ったらきっと怒るだろうけれど、二人で飲みに行きたかったのも事実。
何を隠そう、私は阿近のことが好きなのだ。



「で、何でわざわざ修兵に?直接私のところに来ればよかったのに」
「馬鹿か、俺が行ったら他の奴等がビビるだろうが」
「そっか、そういえば阿近って怖がられてるね」



煩え、と一言呟いて阿近はその辺にあった店に足を踏み入れた。
技局の人間というのはどうしても敬遠されがちだ。
確かに阿近を初めとして見た目はちょっと……いやかなり変わっている人達ばかりだけれど、別に取って食われるわけじゃあるまいし私はそこまで気にしていなかった。



「いらっしゃいませ」
「予約していたモンだ」
「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」



予約って。
適当にあった店に入ったのではなかったんだ。
案内されるがままに通されたのは個室。
何だかこうして二人でいると落ち着かない。



「じゃ、乾杯」
「あ、うん」



注文することなく運ばれてきた料理はどれも私の好みのものばかり。
普段とは違う様子に柄にもなく緊張なんてしてしまっている。



「夜、手出せ」
「手?」
「いいから出せ」



阿近に言われて右手を差し出せば、手のひらを上に向けられる。
そして、置かれたのは小さな箱。
突然なんだというんだ。



「何?」
「今日誕生日だろうが。プレゼントだ」
「プレゼントって、阿近が私に?」



悪いか、そう言って阿近は顔を背けてしまった。
照れている阿近なんて珍しいと思いながらも、手に置かれた箱の蓋を取る。
中に入っていたのはキラキラと輝く指輪。
誕生日プレゼントに指輪って、やっぱりこれは期待しろということなんだろうか。



「突然で悪いが結婚してくれ」
「は!?」
「俺だって色々と考えたんだ。こういうもんはやっぱり順序を踏むべきかとも思ったんだが、一年考えても答えは出なかった。俺の性格上恋人として過ごせばそれだけ言い辛くなるだろうし、その間に夜に愛想尽かされんじゃねえかって考えるとこうするしか思いつかなかった。だから結婚してくれ」



阿近らしくない、けれども妙に阿近らしい理由で思わず笑ってしまった。
それに彼の言葉は私達が恋人になることが前提で、恐らく彼の頭の中では私がこの申し出を承諾することも決定事項なのだろう。



「断るって言ったらどうするの?」
「夜は断らねえ。何十年の付き合いだと思ってんだ」



あまりにも自信満々に言うものだから、少し苛めてやろうと思って箱を突き返した。
珍しく驚いたような表情をする阿近に一言、なら指に嵌めてよと言うと、左手を取られて薬指に指輪が煌めいた。
悔しいことにサイズはぴったりで、私達は顔を見合わせて笑った。

翌日、屍のように隊舎で寝ていた修兵を叩き起してわざと左手が見えるようにすれば、相手は誰だと凄い剣幕で聞いてきた。
阿近だと言えば、人が徹夜している間にと愚痴を零しつつも俺に感謝しろよと満面の笑みで祝福されたのだった。



END



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