鼻がむずむずする。
目が痒い。
これはあれだ、花粉症というやつだ。



「夜ちゃん、風邪でも引いとるの?」
「あ、市丸隊長。風邪じゃなくて花粉症ですよ」
「かふんしょう?」



そうだよな。
尸魂界で花粉症になる人なんてほとんどいないもんな。



「ほら、私しばらく現世任務に就いてたじゃないですか。それで、現世の現代病ってやつです」
「ふうん」



今、絶対どうでもいいとか思っただろこの人。
だいたい、アンタが私に長期の現世任務に行かせるから花粉症なんてやっかいなものに悩まされてるんだ。



「そのかふんしょうって治らへんの?」
「現世ではいろいろと治療法があるらしいんですけど、ここではそもそも花粉症になる人がいないですからねえ」
「卯ノ花さんに聞いてみたらええんやない?」



その手があったか。
とは言え、私みたいな一介の隊士が四番隊の隊長にそんなことをお願いしていいんだろうか。
いや、新種のウイルスかもしれないと言えばいいだろうか。
悶々と悩んでいると、隊長が私の腕を掴んだ。



「さ、行こか」
「何処にですか?」
「四番隊。卯ノ花さんに診てもらうんやろ?」



何故だか上機嫌な隊長に連れられて、やってきたのは四番隊。
卯ノ花隊長と話をするのは実は初めてだったりする。



「卯ノ花さん、ちょっとこの子調べてほしいんやけど」
「構いませんが、どこか悪いのですか?」
「この子、もしかしたら妊娠してるかもしれませんのや。お腹の子に何かあったら困りますんで、アレルギーとかの検査してもらえませんやろか」



ちょっと待て。
今、サラリととんでもない事を言ったよな。
卯ノ花隊長も驚いたような顔をしている。



「あの……不躾なことを伺いますが、お腹の子の父親は……」
「この状況でわかりますやろ?」
「市丸隊長の……わかりました、検査しましょう」



いやいや。
卯ノ花隊長もそんな簡単に納得しないでくれ。
私の名誉のために断っておくが、私と隊長とは断じてそんな関係ではない。
どちらかと言えば、私は隊長に遊ばれているだけだ。



「夜さん、残念ですが……」
「いいんです、卯ノ花隊長。妊娠したっていうのは市丸隊長の妄想の中での話ですから」
「え?」
「私、現世任務に長く就いていて、その時に花粉症になったみたいなんです」



いくらかほっとしたような表情になった卯ノ花隊長は、小さな瓶を手に戻ってきた。



「花粉症でしたら、これで少しは和らぐかと思いますよ」
「ありがとうございます!尸魂界にも花粉症の薬ってあったんですね」
「ええ。以前市丸隊長も悩んでいらっしゃいましたから」
「市丸隊長が?」



にっこりと笑う卯ノ花隊長は、なんだか怖かった。
卯ノ花隊長相手に嘘を吐いた市丸隊長が悪いんだ。
あの狐め。
隊に戻ったらどうしてくれようか。



「卯ノ花隊長、ありがとうございました!」
「いいえ、何かあったらいつでもいらっしゃい」



卯ノ花隊長が天使に見えた。
まさに白衣の天使。
あ、卯ノ花隊長はどちらかというと医者か。



「市丸隊長、戻りました」
「お、どうやった?」



隊に戻ると、真っ先に隊首室へ向かった。
部屋に入ると市丸隊長はニコニコと笑みを浮かべていて。



「花粉症の薬、もらいましたよ」
「さよか。よかったなあ」
「何が良かったんですか?卯ノ花隊長に言ったこと、まさか忘れたわけじゃありませんよね?」



隅っこにいる吉良副隊長が不安げな顔をしている。
じりじりと隊長に詰め寄るも、隊長はやっぱり顔色一つ変えないままで。
それどころか嬉しそうだ。



「何怖い顔しとるの?恥ずかしがり屋なボクの精一杯のプロポースのつもりやってんけど」
「は?」
「せやから、ボクが夜ちゃんにプロポーズした言うてんねや」



頭の中が真っ白になった。
ぷろぽーず?
結婚の申し込み?
ちょっと待て、私と隊長はただの上司と部下で、そんな仲になった覚えはない。



「で、そろそろ答えもらいたいねんけど」
「本気ですか?」
「当たり前や。ボクの愛情表現伝わってへんかったんかなあ……」



しゅんと俯く隊長。
副隊長は目を大きく開いて私達を見ている。



「もう一度聞きますけど、本気ですか?」
「当たり前やないの。ボクはずっと前から夜ちゃんのこと好きやたんやで」



夢だ。
そうだ、これはきっと夢だ。
隊長も私のことを好きだったなんて。
煩く音を立てる心臓の音をかき消すように、私は精一杯の気持ちを伝えた。



END



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