だんだんと暑くなってきた瀞霊廷、久しぶりの非番を持てあまして散歩をしていると良く知った霊圧を感じた。
そっと近付くと、いつもとは違う雰囲気を纏った彼女が静かに小高い丘から辺りを見下ろしていた。



「月闇君」
「副隊長……お散歩ですか?」
「ああ。いざ非番となるとすることもなくてね」



苦笑すれば彼女はいつものような人を馬鹿にした笑みを漏らした。
彼女、月闇夜は僕の部下で三席だ。
霊術院の後輩で、学生の頃から天才だなんだともてはやされていたのを覚えている。



「月闇君は何をしているんだい?」
「私も散歩ですよ。午後から非番だったんです」
「よかったら、隣いいかな」
「どうぞ」



死霸装を纏っていない彼女はいつもと少し違って見えた。
普段は本当によくできる部下で、あの市丸隊長でさえ彼女には一目置いている。
少しタイミングがずれていれば、きっと副隊長になっていたのは彼女だ。



「此処にはよく来るのかい?」
「たまにですけど」



彼女は決して人当たりがいいとはいえない。
いつだって無表情だし、笑ったかと思えばさっき見せたような馬鹿にしたような笑みで。
彼女の本心やその人となりを知る人なんて瀞霊廷にいないんじゃないかと思う。



「それ、斬魄刀……」



彼女は胡坐をかいた膝の上に斬魄刀を乗せていた。
非番の日にわざわざ帯刀しているなんて、よっぽど用心深いんだな。



「宝物、ですから」



ほんの一瞬、彼女がいつもと違う笑顔を見せた。
普段の彼女からは想像もできないような、とても優しげな笑み。



「もう行きますね。この後松本副隊長と約束があるので」
「ああ、また明日」



去って行く彼女の後ろ姿はいつもより小さく見えた。
翌日、隊舎に行くといつもと変わらない彼女の姿。



「おはようございます、市丸隊長ならもう来ると思いますよ」
「おはよう」
「夜ちゃん、おはようさん」



珍しく隊長が遅刻しなかった。
しかもよっぽど慌てて来たようで、髪の毛がところどころ跳ねている。



「夜ちゃん、乱菊に何言うたん?」
「別に何も。ただ、市丸隊長の様子を聞かれたので事実を答えたまでですよ」
「はあ……」



溜息を吐く隊長と月闇君との間に何があったのかはわからない。
何だろう、少し悔しい気がした。



「夜君、お茶を淹れてもらってもいいかい?」
「え……お茶ならご自分で淹れて下さい。私はお茶汲みではありませんから」
「なんやのイヅル。いつもは月闇って呼ぶくせに」
「気分ですよ、気分」



仕方なく自分でお茶を淹れると、彼女の前にも置いた。
彼女は僕を見上げるとぎこちなく微笑んだ。
たったそれだけなのに胸が高鳴った。



「ありがとうございます、副隊長」
「どういたしまして」



いつかイヅルと呼んでもらいたい。
この時僕に芽生えた感情が形をなすのは、もう少し先の話。



END



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