文字通り、血の滲むような努力を重ねてやっとの思いで手に入れたこの地位。
後少しで手が届く。
けれどもその少しは手が届かないほど遠くて。



「三席、チェックお願いします」
「はーい、そこに置いといて」



霊術院を卒業して早数十年。
同期が恋人だのなんだのと騒いでいる間、私はひたすらに剣を振り続けた。
そして昨年の春、八番隊から此処六番隊へと昇格を伴っての異動となった。



「さすがにもう慣れたみてえだな」
「はい、もう一年経ちますし」
「その調子で頑張れよ」



阿散井副隊長は霊術院の四年先輩。
学院に居た頃から何かと良くしてもらってて、こうして直属の上司と部下になった今でも彼は優しい。



「月闇です、失礼します」



六番隊隊首室。
香の香りの漂うこの部屋は護廷の中でも一番趣のある隊首室だと思う。
そして、この部屋の主は部屋の雰囲気に相応しい佇まいで静かに筆を走らせている。



「今日の分の書類です」
「ごくろうだった」



部屋の主、朽木隊長が筆を止めて顔を上げる。
この一年で何度となく繰り返された言葉、目にした顔。
それでも未だ慣れず、居心地が悪くなる。



「夜」



目を泳がせていると名を呼ばれた。
上ずった声で返事をすると、隊長の口端が微かに上がったような気がした。



「夜が六番隊に来てもう一年か」
「はい、早いものですね」
「どうだ、何か困っていることはないか」



しいて言うならば、隊長とこうやって面と向かって話をすることにまだ慣れませんなどと言えるはずもなく、首を横に振った。



「そうか、ならば良い」
「その……お気遣いいただきありがとうございます」
「隊長として当然のことをしたまでだ」



視線を下げると再び筆を走らせる隊長。
恐らく用は済んだのだろう、私も隊首室を後にした。

その夜、明日は非番だからと阿散井副隊長や里吉君と飲みに行った帰り、一人で瀞霊廷を歩いていた。
瀞霊廷の一角にある桜の並木道。
桜の季節になると毎日のように此処を訪れる。



「今年も綺麗だな……」



満開の桜、少し風が吹けば花吹雪が舞う。
異世界に迷い込んだかのような感覚と、少しの切なさ。
両者の混じり合った複雑な感覚に目を閉じた。



「ここで何をしている」



聞き覚えのある声に目を開ければ、三メートルほど先に立っている朽木隊長。
死霸装も隊長羽織も身に着けていないその姿は酷く新鮮だった。



「えっと……お花見、を」
「そうか」



一言だけ発すると、隊長はゆったりとした足取りで私の隣に立った。
意図がわからずに、死霸装の帯を固く締めてみたり髪に手をやったりしていると、隊長が不思議そうな顔で私を見た。



「どうした、歩かないのか」
「え?あ、その……隊長もご一緒に?」
「嫌か」



そんなことあるはずがない、と何度も首を横に振れば、隊長が歩きだした。
私に合わせてくれているのか、はたまたゆっくりと桜を楽しみたいのか。
ゆっくりと優雅に桜並木を歩く姿は一枚の絵のようだった。



「どうかしたか」



そんな隊長の姿を目に焼き付けようとしていると、突然隊長が立ち止り私を見た。
彼よりも少し背の低い私に顔を向ければ、牽星箝を着けていない髪がはらりと落ちてきた。
普段は目にすることのないその姿に、思わず胸が高鳴る。



「私の顔に何か付いているのか」
「いえ……綺麗だなと思いまして」



一瞬目を見開いた隊長は、少しだけ口角を上げるとすぐにまた歩き出した。
私も慌ててその後を追う。
良く考えると、随分と大胆な台詞を口にしてしまった。
男性なのに綺麗だなんて言われて、隊長は機嫌を損ねていないだろうか。
不安を抱きながら歩いていると、桜並木の終わりが近づいて来た。
その先は闇。



「終わりだな」
「そうですね……」



此処を離れれば、待っているのはいつもの日常。
宿舎に帰ろうと隊長に頭を下げると、すっと差しのべられた手。
ふわりと風が吹いて、桜の花びらが私達を包んだ。



「夜も遅い。送ろう」
「大丈夫です、一人で帰れます、から……」



隊長に送ってもらうなんてとんでもないと断ろうとすると、それよりも早く隊長の手が私の手を取って。
突然の出来事に驚いていると、隊長が少し微笑んで私を見た。



「綺麗だな」
「はい、桜綺麗でしたね」



その言葉の示す意味なんてその時の私にはわかるはずもなく、ただ隊長に手を引かれるままに戻った宿舎。
非番を終えて出勤した二日後、副隊長に質問攻めにされる私を隊長は満足気に見ていた。



END



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