「雨竜、気をつけろよ」
「夜に言われなくてもわかってるよ」



それは、幼馴染の雨竜が尸魂界へ行く前日のこと。
よく、あの石田君と幼馴染なんて羨ましいと周りから言われるけれど、私は幼馴染なんて称号はいらない。
それは近いようで遠い存在。
知っているようで何も知らない私。
知っているようで何も知らない雨竜。
何年経っても縮まることのない距離はいつだって私を苦しめる。



「いいのか?雨竜を一人で行かせて」
「いいんだよ、何も言わなかったのは雨竜だし」



空座総合病院。
院長である石田竜弦――雨竜の父親は、私の前で煙草を咥えている。



「何も言わずに行かせたのはおじさんも一緒じゃん」
「アイツは俺が言ったところで聞かないからな」
「さっすが父親」



それにしても、とおじさんが紫煙を燻らせながら言った。
これでいいんだ。
雨竜は何も知らなくていい。
いつか嫌でも知る時が来るから。



「いいんだよ、今は何も知らなくて」
「怖いのか?アイツに嫌われることが」
「うーん、そうかもしんない」



お前らしくないな、と煙草の匂いの付いた手で頭を撫でられた。
笑った顔は雨竜そっくりだ。

そして、現世に帰って来た雨竜。
彼は滅却師の力を失っていた。



「おかえり」
「ああ」



煮え切らない返事。
話を聞いているようで聞いていない。
こんな時どんな言葉をかければいいのか、私は知らない。



「夜は……死神なのか?」



唐突に紡がれた言葉。
その時は思いのほか早くやってきたようだ。
ゆっくりと息を吸い込むと、雨竜の目をしっかりと捉えた。



「正確には死神と人間が半分づつ。私の両親が死んだのは知ってんだろ?母親が死神で、父親が滅却師」
「そうか……」



一度だけ、両親が死んですぐに尸魂界に行った。
総隊長とかいうお爺さんに会って、現世で生きるか尸魂界で生きるか決めろと言われた。
その時私は現世を選んだ。
雨竜の居る世界だから。



「私の事、憎い?」
「わからないな」



尸魂界に行って、雨竜は少し変わったように思う。
死神である朽木さんを助けに行ったんだから当たり前か。



「まあ、死神の血が流れてるって言っても、私は今まで人間として過ごしてきたわけだし、これからもそうやって生きていくつもり」
「それでいいのか?」
「何が?」
「夜には全部見えているし、感じられるんだろう?虚の気配も死神の気配も」



見て見ぬふりができるのか、ということなのだろうか。
生憎、知らないふりをするのには慣れている。



「だって、虚なら一護が昇華してくれるし、死神は私が何か事を起こさない限り人間として扱ってくれる。それに……」



俯く雨竜の頬に手を添えた。
私を見ることはなかったけれど、きっと苦しそうな表情をしていたんだと思う。



「私が虚に襲われたら雨竜が守ってくれる。今までと同じように」
「夜……全部知って……」
「当たり前じゃん、何年一緒に居ると思ってんだよ」



いつも雨竜は私を護ってくれた。
竜弦さんに言われて一応死神化することはできるようになったし、斬魄刀だって持っている。
それでも、私は一度だってそれを使ったことはなかった。
いつも雨竜が私を襲う虚を倒してくれたから。



「だからさ、また私を護ってよ」
「生憎僕は今力がないんだ」
「知ってる。力が戻るまでは私が雨竜を護る。だからさ、また力が戻ったら私を護ってよ」



考えておくよ、なんて言いながら雨竜は眼鏡を上げて微笑んだ。
右手に霊力を込めて、後ろで吠えている虚に向かって鬼道を放ったことを雨竜は知らない。



END



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