「夜、いつまでぼけっとしとんねん!」 「はいはい、今行くから」 それは遠い日の記憶。 まだ貴方が隣に居た頃の記憶。 「夜、どうした?」 「ううん、なんでもない。ちょっと嫌な夢を見ただけ」 そう、これは悪夢。 今となってはもう戻らない夢なんだ。 「顔色悪いぞ?あれか、緊張してんのか」 「馬鹿、緊張なんてするわけないでしょ」 明日、夜が明ければ私達は決戦の地へと向かう。 藍染惣右介と対峙するのだ。 私からあの人を奪ったその復讐。 「あんまり無理すんなよ」 「修兵こそ」 あれから百年以上が経った。 私の隣に居るのは関西弁を紡ぐあの人じゃない。 時の流れというものは残酷だ。 私は間違いなく、この檜佐木修兵を愛している。 「修兵」 「ん?」 「愛してる」 「知ってる」 額に落とされた口づけに胸が締め付けられるのは何故だろう。 今もまだ、私の心の中にはあの人が居座っているというのだろうか。 「夜……」 現世、技局の創り出した空座町で私はあの人と再会した。 短くなった髪、死霸装を脱いだ洋服。 それでもその口調は昔と少しも変わっていなかった。 「しん、じ……」 気の遠くなるほどに昔の記憶。 一瞬で昨日のことのように思い出された。 温かい手、頬をくすぐる柔らかい髪、そして優しい声音。 その全てが私を支配していたあの頃。 「再会を喜んどる暇はなさそうやな」 久しぶりに見る刀。 くるくると回転する逆撫。 一瞬だけ、真子は私を見た。 修兵に抱きかかえられている私を。 「お前が幸せならそれでええわ」 昔と変わらない笑みを浮かべた後、真子は宙を舞った。 その姿から目を逸らせない私。 そんな私をじっと見ている修兵。 「修兵……一瞬だけ浮気してもいい?」 「一瞬だけならな」 どうか、どうか彼に神の御加護があらんことを。 どんな姿でもいい、生き永らえて。 そしていつの日か、また笑ってくれればそれでいいから。 「浮気終了」 「本当に一瞬だったな」 「当たり前じゃない」 死神だって神に祈ったっていいじゃない。 END back |