「浦原さーん」 今日も彼女の声が店に響く。 いくらあしらおうとも、決して彼女は此処に来ることをやめない。 「いいかげんに諦めたらどうっスか?アタシはお子様には興味ないんスよ」 「お子様じゃないから。成人してるし」 「そういう意味じゃなくてですねえ……」 確かに、彼女はとっくに成人を迎えているし子供ではない。 それでも死神のアタシから見ればまだ赤子も同然。 「あ、鉄栽さん!手伝いますよ」 「これは夜殿。では御言葉に甘えて」 鉄栽も鉄栽です。 彼女がアタシに特別な感情を抱いているのを知っていて、こうして仲良くしているんですから。 できれば彼女には普通の恋をしてほしいんです。 人間と人間の、短く有限な恋を。 日も傾き始めた頃、彼女はいつものようにへらりと笑顔を残して家路に着く。 別れ際に見る笑顔は今日で最後だともう何回も心に決めているのに。 「じゃ、浦原さんまた来週来ますね」 「もう来ないでいいっスよ」 「またまたー、来なかったら寂しい癖に」 わかっているのかわかっていないのか。 彼女はいつものように後ろ手をひらひらと振りながら闇に消えた。 それから十分ほど経った時、彼女の向かった方向に感じたのは虚の気配。 「店長、行かなくてよろしいのですか?」 「黒崎サンが行くでしょう」 「もし夜殿が……」 アタシらしくない。 鉄栽の言葉を聞き終わる前に、アタシは瞬歩で虚の元へと急いだ。 目にしたのは赤。 もう見飽きるほどに見てきた色なのに、思わず足がすくんだ。 「うらはら、さん……」 彼女の口から弱々しく紡がれたアタシの名に、胸が締め付けられた。 だから、だから近づけたくなかった。 いつかはこうなるとわかっていたから。 「大丈夫です、すぐに終わらせますから」 言葉の通りに虚はすぐに昇華された。 こんな弱い虚の分際で夜サンに近寄るなんて。 「大丈夫っスか?」 「へへ……大丈夫じゃないみたいです」 いつも別れ際に見せるあの笑顔を浮かべていた。 その顔は嫌いです。 いつもアタシの決意を鈍らせるから。 「夜サン、これでわかったでしょう?アタシの近くに居れば、さっきみたいな化け物に襲われます。だからもう……」 「嫌ですよ、自分の身くらい自分で護れます。それに、私は浦原さんが人間じゃないこともとっくの昔に知っていますから」 言葉を失う私の肩に、不自然な重さ。 馬鹿じゃな、という言葉と共に頬に痛みが走った。 「夜一サン!?」 「この馬鹿者が」 一言残して夜一さんは闇に紛れて見えなくなった。 残されたアタシは夜サンの顔に目をやる。 怯えてるでもなく驚いている様子もない。 「ねえ、浦原さん。例えば私が死神で、貴方と同じ世界に居たら、私を傍に置いてくれる?」 「それは……」 「じゃあさ、例えば貴方が人間で、私と同じように短い生を歩むなら、私の隣に居てくれる?」 いつになく真面目な表情の夜サンを見れば、正直に答えないといけないと思った。 傷を負う彼女の背中に手を回すと、耳元でそっと呟いた。 「全部、全部取っ払ったとすれば、アタシは夜サンの傍に居ますよ」 全て、何もかもを無に帰すれば、残されるのはきっと夜サンへの想いだけ。 そうなればどんなに幸せか。 別れ際の笑顔を見るのは今度こそ最後だと言い聞かせて、腕に力を込めた。 END back |